緑間は綺麗だ。
 爪を丁寧に削る仕草や、テーピングの巻き方、そして投げたボールの弧の描き方まで。
 一度だけ、思ったままに「綺麗だね」と言葉が漏れてしまったことがあるが、その時の緑間の顔といったら。頬を赤く染めながら狼狽したかと思えば、「そういう言葉は女性に言うものだ」と叱咤する。緑間に面と向かってその美しさを伝えたのは、後にも先にもそれだけだ。
「左手触らして」
 放課後、部活で居残った後、部室でテーピングを巻く直前の緑間を制してせがんだ。あまり接触を好まない緑間は、あからさまに眉を寄せて不快感を示す。それでも近付いて隣に腰を掛ければ、素直に左手を差し出してきた。
 恐る恐るその指先に触れる。バスケをしているとは思えないほど細く白い指は、夏の日差しのせいなのか、手の甲と比べてより白い。
 こうして緑間の手のひらや指に触れるのは、数回目になる。一度、部活中に無意識の内に触れてしまったのが最初で、それからは思いついた時に、勿論許可を得た上で触っている。テーピングを巻いている時にも何度か同じようにしたが、やはり今のように何も纏っていない時の方が、ずっと好きだ。
 指の腹を撫でる。白さが目に眩しくて、何度か瞬きをした。
 こうして触れていると思う。こんな時に漂う雰囲気や、緑間の指は、砂糖みたいだ。
 緑間の指を執拗に触れるのは、始めの内こそ単に触り心地が良かったというだけのことだが、もっと別の理由がある。下心があった。
 自覚したのが何時かなんて思い出せないどころか全く分からない。それでも緑間が好きだという事実は覆しようがなかった。
 男同士なんて無理に決まっていると思い、せめてこうするだけでもいいから、と指先に触れている。友人の厚意に甘えて自分の本質を隠した、ずるい男だった。
 白い指を撫でれば撫でるほど、緑間はその目を細めていく。くすぐったいのか、別の理由なのか、問う事はできない。あまりにもきれいな笑顔だ。
 それを見た直後、緑間の指から手を離す。始めこそ苛立ったような顔だったというのに、「もういいのか」なんて聞いてくる。
「うん、満足した。ありがと真ちゃん」
 手をひらひらと振って見せると、そうか、と返されて、緑間の視線はテーピングへと向かう。改めて、その指に白いテープを巻いていた。
「お前はせびる割に、あまりしつこくないな」
 慣れた手つきでテープを巻く姿さえ美しい。丁寧に巻かれていくテープを見て、美しい膜を作っていくそれを見て、生まれ変わったら真ちゃんの指に巻かれるテープになりたい、なんてくだらないことを考えた。
 親指から人差し指へ、人差し指から中指へ、と順に済まされていく。もう日が暮れて随分たったからなのか、普段よりも巻く速度が速い。
「だってしつこいのって真ちゃん好きじゃないでしょ」
 緑間本人は、やたら友人の試合を見に行ったり、ラッキーアイテムは血眼になって探したりする程度に執着心を持っているというのに、他人からしつこくされることは喜ばない。勿論緑間の友人や親族は例外であるが、自分がそこへ当て嵌まるか、未だに考えあぐねている。緑間にとっての自分は何か、考える度に胸が苦しい。
「……俺は、もっと高尾に、触れたいと思うのだよ」
 テーピングを巻き終えたらしく、緑間はその左手で、こちらの髪を撫で、頬を撫で、目尻に触れた。優しい笑みが目に痛くて、思わず強く目を閉じる。
――こんな風に、緑間の指先だけにじゃない。もっと違う、場所へ触れたい。唇にまで触れたい。
 強く思うほど強く目を閉じて、すればするほど、緑間の気配が近づいてくる。鼻と鼻がぶつかりそうな所まで。唇が触れる、その前まで。
 駄目だよ真ちゃん、こんなにも汚い男に、そうしてゆるしてしまうのは。
 邪欲が渦巻く、黒い脳を持つ男なんかに。




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