朝から、美鶴は鏡の前でああでもない、こうでもないと唸っていた。平日ならばまだ良かったのだ。この時期の平日は、学校がある。指定の制服があるのだから、衣服に気を遣うことなんてない。いつもと同じ、皆と同じ格好をしてしまえばそれで終わりなのだから。
 問題は、今日が休日だということ。しかも、共に行動することになった相手が、普段は全くと言ってもいいほど交流のない人間だということ。年上だということ。異性だということ。

 事の発端は、自らの所属する生徒会での活動にある。他校の生徒会と様々な交流の場を持つ堂和学園生徒会だが、今回は時羽学園の生徒会と意気投合。始めは自校の紹介から、生徒会で全校生に対してどのような活動を行っているのかということ、挙句の果てには最近の個人的な悩みまで。人付き合いの苦手な美鶴も、こういった交流が大切なことくらいは分かっている。だから、自ら発言することは無いものの、頑張っていたのだ。もしかしたら、それが悪かったのかもしれない。
 初めは、取っ付きにくい人だと思ったのだ。それなのに、こうやって休日に一緒に出掛けようという話になっただなんて。

「……全部、流された私が悪い、んでしょうか」

 ああ、このワンピースにしよう。
 ようやく、決まった。前日から選んでおこうと思って箪笥を引っ掻き回してはいたのだが、ああでもないこうでもない、と悩んでいる間に睡眠時間がどんどん削られてしまい、朝まで持ち越すことにしたのだ。けれど、最終的に決めたのは最初に手に取ったもの。やはり、直感が大切なのだろう。
 約束の時間までに待ち合わせ場所につくように、と考えるのならばもう出なければならない時間。慌てて鞄の中身を確認する。必要最低限の持ち物が入っていることだけを確認し、慌てて鏡の前で髪を整える。鞄の中には手鏡も入っているので、最悪、移動中や着いてから整えるのもアリだ。勿論、そのためには相手よりも先についていなければならないが。
 慌てて最寄駅へと向かい、車内で携帯を確認する。そこには、電車が遅れてしまったため、少し遅れるかもしれないという約束の相手からのメールが入っていた。これで、慌てて走らずとも相手よりは先に到着できることが分かった。窓ガラスに反射した自分の姿を見て、おかしい場所は無いかともう一度確認する。髪型が、どうしても気に入らない。
 車内で弄っている間にも、電車は待ち合わせ場所の最寄駅へ。大型のショッピングセンターが近いためか、降りる人による波が出来ている。流されるままに改札を出た美鶴は、待ち合わせ場所としたモニュメントの周辺へ視線を走らせる。目的の人物は、まだ現れていない。
 ほっと息を吐きながら、再び、店のガラスに映った自分の姿を確認する。上から下まで、何度も、何度も。そして。

「あー、やっぱりか」

 背後から掛けられた声に、大きく肩を揺らす。それは、待ち人のもの。けれど、身嗜みを整えている最中に、声なんて掛けられたくなかった。見られたくなかったのに。時計を確認してみると、約束の時間を三分オーバー。けれど、電車が遅れた、なんて連絡をもらっていたのだからもっと遅いと思っていたのに。けれど、きっとそれが「早緑狸珀」という人間なのだろう。

「待たせて悪かったな」
「いえ、その、まだ来たばかり、でしたし」

 話していながらも、無意識に髪や服に手が向かってしまう。どこか、変な場所は無いだろうかと。落ち着く様子を見せずに動き回る美鶴の手を視界に捉えながらの会話だと、やはりそれは気になる。苦笑しつつ、さらりと口にする。

「あんまり弄ってっと、余計に気になるだろそれ」
「あ、すみません」

 言いつつも髪に伸ばそうとした美鶴の手を、狸珀は掴む。突然の行動に困惑する美鶴に、軽く腕を引きながら狸珀は気にした様子もなく言う。

「そこまで気にしなくたって、いつも通りでいいって」

 いつも通りって、何だっけ。
 ぼんやりと考えながら、手を引いて歩き始めた狸珀の背を追う。思考は相変わらず纏まらないけれど、掴まれた場所から広がる熱に全てを任せてしまえば、上手くいくような気がしたのだ。


『着飾るのは誰のため』


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