火の輪を飛び潜るライオン、華麗なジャグリングを披露するピエロ、長い棒を持ちながら綱を渡る人…どれもこれも大きな拍手が自然に湧き上がるぐらいとても見応えのあるものだ。
実際に源輝も、驚きによって目を開いている。その眉間のシワもとれている。
しかし、その反面、優羽は真剣な表情でステージを見ていた。
「すごいな…」
「うん、そうだね…」
「どうかしたか?」
「え? あ、いやなんでもないよ!」
観光客に気を遣わせてどうするか。馬鹿だな俺。
優羽が頭を振って邪念を消していると、ステージの照明が消えて辺りが暗闇に包まれた。このサーカスのメインの準備だろうか、暗闇の中忙しく動く人の形がぼんやり見える。
そうして一気に明かりがつくと同時に女性の歌声が響き渡った。会場に大量の花が舞い、ふわふわ美しい鳩たちが会場を優雅に飛び交う。周りの人日とも思わず歓喜のため息をこぼす。歌が止むと女性たちが中央の台に座って順々に頭を垂れる。
『レディースアンドジェントルマン、大変長らくお待たせいたしました! “絶世の歌姫”の登場です!』
またもや明かりが消えて、会場は暗闇に。…そうしてざわつく群衆の目の前に突如現れたのは目が眩むほど目映い光。中心にライトが集まり、“絶世の歌姫”を浮かび上がらせる。
「……」
一瞬、音が消えた。会場全体が息を呑んだからだ。勿論優羽も源輝もその中の一人であり、今もなおステージ上の彼女から目が離せない。
透き通るような黒髪に白い肌。黒い大きな瞳には、観客がどう映っているのか分からないが、その場でジッと動かず瞬きもしない彼女はまるで人形の様だった。
ゆっくり、瞳を閉じた彼女が息を吸い込み歌い出す。
瞬間、息をするのも忘れてしまうぐらい美しい歌声が会場を包み込んだ。誰もが彼女だけを見つめ、彼女だけの声を聴く。一斉に注目を浴びてもなお、彼女は顔色一つ変えずに淡々と歌っていた。
「“私は悩みに満ち、苦しみしかなく”」
まさしく"絶世の歌姫"。大げさな表現なんてことはない。今までに聴いたことがないという、そのような表現がぴったりであろう。綺麗な歌声は会場をおそろかせた。世の中に、こんな素敵な歌声を持つ人がいるのかと。信じられないのだ。
「“酷い苦痛は 私に死を与えます”」
とても美しい。しかし、それを超すものを感じているものは少なくなかった。
歌というのは、曲調や歌詞に作曲者の想いが込められ、さらに歌い手の気持ちも加わえられる。そうしてそれを聞く人にも、その人たちの想いが影響する。
彼女の歌声は、歌の内容は、本人から直で訴えているようにも思えた。
「“星も運命も 神々も天も 私にとっては 暴君に過ぎないのです”」
…ああ、なんて悲しい歌なんだろう。
優羽は思わず、静かに涙を流す。
“絶世の歌姫”の歌は、人を喜ばせるサーカスとは正反対の、人を悲愴させる歌だった。
サーカスが終了すれば、人々が会場から出ていく。
「お前…泣きすぎだろう」
「しょうがないじゃないか」
優羽が鼻をすすり、目をゴシゴシと擦っていれば、源輝は大きくため息を吐いてから、ポケットティッシュを差し出す。それを優羽はありがたく受け取り、思いっきり鼻をかんだ。
そんな優羽と同じように、会場を後にした人々は、鼻をすすったり、ハンカチで目を抑えている人が多かった。
「最後にアレを持ってくるとは、あの歌い手、かなり勇気あるな」
「……そうだね」
大分落ち着いたところで、優羽は顔を上げる。
「げんげんはこのあとは? ホテルは決まってる?」
「ん? あぁ、決まってる」
「そっか。じゃあ案内するよ」
そう言った優羽だが、チラリと目を配らせたのは、先ほどサーカスを行なっていた会場。
源輝がどうしたのかと聞くと、優羽は振り向いてから口を開いた。
「ごめん! 忘れ物したみたいだ! 少し待っててくれるかな!」
「あぁ。大丈夫だ。ゆっくりでいい。ていうかついていこうか」
「大丈夫だよー。早く戻るようにするね」
あぁ、でも。そう言って、優羽は口元に笑みを浮かべた。
「15分経っても来なかったら、先に向かってもらってもいいかな」
なんで15分もかかるんだ。
そう思いながらも源輝は首を縦に振る。それに笑みを浮かべて、優羽は会場の中に戻っていった。