わああっと歓声が上がる。辺り一面に紙吹雪が舞う。人々は視線の先の光景にただ見惚れていた。視線の先には、片方の瞳を蝶の仮面で隠した少年。彼は笑顔でいながら、様々な芸を行なっていた。
ボールに乗りながらジャグリング。トランプを使ったマジック。
それらの完成度はかなりのもので、一つのパフォーマンスを終えるたびに、人々は拍手を送る。
終盤になったところで、少年はトランプを一面にバラ撒く。そしてそれは一瞬で花火のように、辺り一面を彩った。
その光景を見惚れていた幼い少女。少年は彼女に近寄り、視線を合わせるために屈んでから、手を差し出す。すると、ポンッという効果音と共に、少年の手には綺麗な花が収まっていた。
「わぁ…!」
「観てくれたお礼に。この花を君に」
「ありがとう!」
ニコリと笑顔を浮かべてから、少年は少女から離れて、ぺこりとお辞儀をした。
割れんばかりの拍手に、彼は両手を挙げて答える。
舞台を終えれば、観客は彼にチップを渡していく。そのお礼に、彼はまた手品で花を差し出すのだ。
「相変わらず人気者っスね。優羽さん」
「おーさん! いやぁお花いつもありがとね」
「いいんスよ。いつもいいもの見せてもらってるし。そのおかげで、うちの花も売れるし」
はははっ! と思わず笑みがこぼれたのが、さっきまでパフォーマンスを行なっていた、大道芸人の西野優羽。そして、優羽と話しておーさんと呼ばれているのが、いつも優羽が敷地をお借りしている、この街で人気の花屋の店主、羽鳥桜嵐だ。その見た目と性格から女性はもちろん、男性の恋愛での相談もできると、特に若者から人気である。女好きなのが、玉に傷でもあるが…。
優羽が片付けを終え、桜嵐の家にお邪魔してから、仮面を外す。
「前から気になってたんすけど、そのお面見にくくないんスか?」
「あー確かにこれ、左目見ないんですよね」
「じゃあなんで?」
「んー…なんとなく?」
首を傾けながら答え、彼は服を着替える。
「服も着替えるし…なんでなんスか?」
「えー…だってさ、汚したくないんですもん」
バサッとマントを羽織って、マントに付いているフードをかぶる。
「大道芸をやっている俺と、“この時”の俺は人間としては同じだけど、同一人物じゃないから」
フードを深くかぶり直しながら言えば、桜嵐は訳が分からないと首を傾ける。
けれど、直ぐに思い出したかのように言葉をこぼす。
「そういえば、ダイアの北の方で出たらしいっスよ」
「マジか」
「マジっす」
うええヤだなあ。とブツブツ言いながら優羽は身支度を整える。
大道芸の道具は、一式桜嵐の家に預けてあるので、荷物は無いに等しいが。
「あ、はい。今日の土地代とか」
「了解っス」
チャリンという音を立てながら、優羽の手から桜嵐の手のひらに移動する。
それを確認してから、優羽は桜嵐の家を後にした。
『星冠都市ダイア』
観光に力を入れており、美しい街並みが特徴の都市。その他にも芸術などにも特化しており、観光名所としてとても名高い。死ぬまでには見に行きたい場所としても有名だ。観光で経済が回ってるといってもいい。実際に、この都市歩いているうちに、すれ違う人の4割は観光客だ。
そんな中、優羽はマントにそれを羽織っているという姿だが、周りから浮くというのはない。それは、この都市の民族衣装のようなものが、フード付きのマントだからだ。最近では着ない若者も増えたが、居なくなったというわけではない。なので、この姿は変ではないし、浮くことはない。
なぜこの衣装が広まったかといえば、舞台に立つ者は人にバレてはいけないという、昔の言い伝えから。昔から舞台が有名であった都市ならではの、民族衣装だ。
優羽が歩いていれば、誰かとすれ違った際に勢いよく肩と腕がぶつかった。
「うわっ! ごめん」
「……こちらこそよそ見をしていた。怪我はないか?」
相手も動きを止めて、優羽の方を向く。
「腕が折れちゃったじゃないかー」
明るく笑いながらジョークを飛ばしてみれば、
「治してやりたいところだが、悪いが回復は専門外でな。いい医者は知ってるから…」
「ジョークですごめん」
紳士かよ…。
ジョークだったんだけど。なんて苦笑いをしながら、相手の方を見る。
うわあ、眉間のしわすげえ。怒ってんのかな。あ、でも怒ってはなさそう。それより何か視線泳いでるし、なんか困ってるのかな。
優羽がつい失礼なことを思いながら、少年の顔を見る。紺が混ざったような黒いサラサラの髪。特徴的な目つきが決して良いとは言えない青い瞳。それに、優羽自身が175cmなのだが、相手はそれ以上。見る限り180cmかな、と思い込む。
「あ、道にでも迷った?」
ダイアの都市は観光で訪れる人が多いが、入り組んでいる道が多い。それは、かなり昔ではこの都市の中央にある城を守るために、入り組んだ道にされたからだ。なので、ダイアの住院ですら迷うことがある。観光客ではなおさらだ。
パッと見れば観光客だろう。ダイアの都市の服ではないし、ダイアの人ではない。なので優羽はそう聞いた。
「……」
「ん? おーい」
しかし相手は無言である。じっと優羽を見てから、少年は口を開いた。
「お前って、さっきまで芸してたか?」
「あれ? 見てた? てかバレちゃった? そっかー、それ防止に蝶とか帽子とかつけてたんだけどなー」
ははは、と優羽は笑うが、目は笑っていない。フードを深くかぶっているため、相手からは顔は見えない。相手から見れば、優羽は口元しか見えないのだ。
なんで分かっちゃったかなー。てか、さっきこんな人いたかな。
口元だけは笑みを浮かべ、少し警戒する。
「……いや。俺の知り合いにも大道芸の奴がいてな。他人の空似だった。もしかしてと思ったんだ。お前と似ているしな」
「そうなんだ。でも俺も君を見たことあるような気がするよ」
有名人かな? なんて思いながら、軽く笑みを浮かべている彼を見た。
「どこから来たの?」
「スペードだ」
「うわあ! 反対方向じゃん! お疲れ様、歓迎するよ!」
優羽は腕を広げて、今度こそ満面の笑みを浮かべた。
「ようこそ! 星冠都市ダイアへ!」