空色蜃気楼 | ナノ





 風がフワリと吹いた。

 それにつられるように顔をあげると枝垂れ桜が目に入る。風にそよぎ、枝がそよと揺れた。
 まるで招かれてるかのようで。ふらふら、とそちらの方へ足を向けた。

 近くを川が流れているのか、水音が聞こえる。桜に近付く程、水音も大きくなる。これでは、流れに導かれているよう。

 気づくと桜の中にいた。幾本もの桜や枝垂れ桜が様々な方向に枝を伸ばし、辺り一面桜ばかり。見上げても枝が重なり合い、見えるのはわずかばかりの空。それ故に、桜の腕かいなにヵに抱いだかれてるかのように錯覚する。

 ここ、グレアは気温の関係か、日本ではありえない時期に桜が咲く。それが一種の名物でもあったりするのだが…。


 ひときわ強く風が吹いた。足元で小さなつむじ風が花びらを巻き上げる。ごう、と起きる花吹雪。視界が花びらで埋め尽くされる。そして枝から離れ、一時の自由を楽しむかのように舞い、踊る。桜の花びらが、体中に降り落つる。

 ふと、分からなくなる。

 どこまでが桜でどこからが自分なのか。

 自分とは何なのか。
 自分の心が見えなくなる。

 四肢が桜の中に囚われ、心まで桜に埋め尽くされながら、ただ、右頬を雫がすべり落ちていった。

「桜…」

 ボソッと呟いた名前は、ここに舞い散る桜のように、儚い。
 





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