暫くしてから、逃げるようにして実の部屋に入った。
この部屋には鍵が付いているらしく、一応の為に鍵をかけておく。何かへましたらヤだし。
部屋を見渡してみれば、向こうの私の部屋と大差ない。まぁ私の部屋が、少し殺風景だったってのもあるけど。でも、大差がないから、少しは落ち着けるかも…。
机の上を見てみると、写真立てがあった。それを手に取ってみてみれば、見慣れた家族写真。私と姉さん。菊兄さんも一緒に居る。しかし、少し違うというのは、そこにカエデが居るということだろうか。
『姉の桜だ。俺より10歳年上で、菊兄さんと同じ歳だった』
「あ、実出てきた」
何で出てこなかったの。そう聞けば、少し目線をずらした。
『カエデは、俺が見えるみたいだ』
「あぁ成程ね…」
だからカエデの前では、出ても来ないし話もしないのか。
でも、向こうのカエデは、霊感なんてあったかな…。
『それが、こっちと君の所の違いかもね』
「え?」
『言っただろ? 俺の所では、異能者という者が居るって』
そういえば、そんな事を言っていた気がする…。
『俺の家系は特別なのか、皆が異能者として産まれてくる』
「俺の家系って…。まさか実も?」
『そう。まぁ、使ったこともないし、使おうとも思えなかったけど』
少し影を帯びて言う表情に、少し引っ掛かりながら説明を続けてもらう。
実が言うには、姉さんも使えたらしいけど、それは実も知らなかったらしい。菊兄さんも使え、彼は俗にいう魔法使いの様な物らしい。いっきにファンタジック。
「カエデは?」
ここで少し本題に戻って、カエデの能力を聞いてみる。
『カエデの能力は、目だよ』
「目?」
思わず自分の目を指さしながら呟いた。どういうことだろう。
『カエデの目は、簡単に言えば見える。視力がめっちゃ良くなるっていうのが主だけど、きっと霊とかそういうのも見えるんじゃないかな』
成程ね。だからカエデは実が見えたわけだ…。じゃあこれから先も、カエデの前では実は出てこれない。
……ボロが出てこなければ良いんだけど…。
『話を少し戻してもいい?』
「あ、ごめん」
家族っていうか、この写真の話だったね。
私がそう呟けば、誰にも言えなかった事を吐露するように、実は静かに言葉を零した。私はもう一度写真に目を落とす。幸せそうに笑みを浮かべるきょうだい。じっと写真を見詰める私をどう思ったのか、実は付け加えるように言葉を継いだ。
『じつは、カエデは養子なんだ。菊兄さんの家の』
「そうなんだ」
だから、兄弟としてなっているのか。へぇ…。これで、兄弟の謎は解明された。
姉さんと菊兄さんはお互い弟持ち、ということで結構仲が良かったらしい。歳も同じで、お互いの性格とかも合っていた。
『親同士が仲良くて、俺たちも子供の頃から一緒に遊んでたんだ。木乃の奥様ってのが優しい人だけど病気がちで、だからうちの母親が色々面倒見てたんだ。だから、俺達は兄弟みたいに育った』
子供に恵まれるかどうかは運もある。しかし、身体が弱ければ出産自体が危険だ。カエデが養子として貰われたのは、木乃夫妻が子供に恵まれなかったのではなく、木乃の奥方が出産に耐え得る身体ではなかったからかもしれない。
菊兄さんを産んで、菊兄さんが一人では可愛そうだと思ったんだろうな。なんて、優しい木乃夫妻が頭に浮かぶ
『だから、菊兄さんとうちの姉さんがそういう流れになるのは自然だった。皆、反対する人なんかいなかった。誰も彼も幸せだった』
体が弱かった実も、こういう女性として生きていたのにも関わらず、普通に優しく接してくれた菊兄さん。
だれも、この二人を反対するわけがなかった。
朧兄さんと姉さんは婚約者同士だった。幼馴染で、似た者同士で、好き合っていて。これ以上ないくらいお似合いで、きっと周りも一様に祝福したのだろう。
『けど、姉さんは死んだ』
実の話に耳を傾けながら、私は記憶を辿るように瞼を閉じた。
姉さんは周りの人を愛して、愛されている自覚もあった。普通に幸せだった。けれど、彼女は私の世界でも、その命を落とした。
私のところの姉さんは事故死だった。私と同じ。信号無視をしたトラックが、信号待ちをしていた姉さんに向かっていた。一瞬のことで、きっと訳が分からなかっただろう。きっと痛かった、辛かったと思う。私もそうだったから、余計にその辛さが分かってしまった。
「こっちでの姉さんは、どうして?」
『姉さんは、自ら命を絶った』
「え、」
ここで、また少しの違いが生じた。
実が言うには、姉さんは実と菊兄さんやカエデを守るために、自らの命を絶ったらしい。どうしてかは、彼らも分からずじまい。
家族を守りたい一心によって、姉さんは自分の首を刃物で掻き切った。帰らぬ人となったのだ。
普通、自殺するとしても首を切るのは難しい。
首は人間にとって最大の急所だ。上手く切れなければ、痛みも大きい。即死できなければ、暫く痛みに苦しむ羽目になる。
しかし、手首を切るのと違って、必ず死ぬ事ができる。それだけ、姉さんの死に対する思いは強かったのだろう。
『その事を知った菊兄さんは、半狂乱で手がつけられなくてね』
当然、実の姉を失った実もショックが大きかった。しかし、菊兄さんを見ていると、失礼ながら逆に冷静になったらしい。
菊兄さんは姉さんが死んだ理由を知らない。教えていないからだ。自殺した事は知っているかもしれないが、その思惑は知らない。
だからこそ、寝耳に水とも言える知らせだっただろう。
『木乃の父親が急死して、二重に衝撃だったんだろうな』
愛する恋人も、尊敬すべき父も、同時に失った。人の死を乗り越えられるかどうかは、その人の心の強さ次第だ。
『暫くしてから、何とか冷静を取り戻して、俺たちと一緒に暮らすことになったんだ。菊兄さんが面倒を見るということでね』
両親は遠出で仕事。だから、実達にとっては姉さんが親代わりだった。だから、菊兄さんが引き取った。
『菊兄さんは、何とか家族を手に入れることで落ち着いたんだ。けど、』
また、家族が一人減った。
そう言う実の顔は、とても辛そうだった。