目の前で道を説明しながら歩いている実の後ろ、数歩離れたところから歩く。
いつもなら肩にかけている鞄も、今は両手で抱えるように持っていた。うん、何か、気持ちが小さくなってるって言うか、ね。
前で歩いている実は、私のことを気にせず、すっさすっさと歩いていた。
そして周りを見渡せば、ここの街はヨーロッパの様だった。ずっと日本に住んでいた私にとっては、もう違和感しかない。日本とは違う建物の構造、家の見た目、道路の造り。全てが違っていて、そんな中私が居るというのが、どうも変な感じだった。
『着いたよ。ここが俺の家』
私がキョロキョロと周りを見ていると、急に声がしたのでそっちの方を見る。
そこには、いつもの見慣れた家ではなくて、外国の様な家があった。
「あ、ここが…」
『うん。きっと誠には違和感ばかりだと思うけど…』
「何か注意することってある?」
『うーん…口調は大体似てるしー…。あ、一人称は俺にしてくれると助かる』
「俺ね…」
思わず昔を思い出してふっと笑みがこぼれる。
それに少し誤解したのか、実が謝ってきた。
『いや、でももし私って言っても、俺も偶に昔の名残で言っちゃってた時もあったし! 皆も気づかないと思うよ!』
「いや、それは大丈夫…」
2人で家を眺めながら話していれば、遠くから慌てたような声がした。
「実君! 実君!」
急に名前を呼ばれて、そちらを振り向けば、見慣れない人。
誰だろうと疑問に思っていれば、実に近所のおばさんだと教えられた。成程ね…。
「どうしたんですか?」
「どうしたんですか、じゃないわよ! 何日も居なくなって! 心配したのよ!」
「あ、えっと…。少し出かけてて…」
私は軽く、実の居る方向を睨めば、実は申し訳なさそうに目じりを下げて手を合わせた。
しばらくしてから話を切り替えて、実に急かされて家の中に入る。
鍵は、植木鉢の下にあった。大丈夫かこの家。
家の中に入れば、一気に我が家に帰ってきた気分がした。家の中は違っていても、匂いは同じような気がする。
玄関に飾ってある花。ご飯を作っている匂い。
そんな匂いはどこでも同じなんだと、思わず涙が出てしまった。
『ちょっ、誠どうしたの! 何泣いてんだ!?』
「えっ、あ、ちょっと懐かしくて急に…」
『そ、そっか…』
お茶飲んだら?
そう言われて、彼に台所に案内される。うん、何が置いてあるかとかは、向こうと同じ。
簡単にお茶を入れることができて、ソファーに腰かける。そして思わず一息ついた。
これからどうしよう…。
『誠…』
私の隣に実が腰かけた。
『急にごめんね?』
「ううん、気にしないで」
そういえば、実は私以外の人には見えない…。ってことは、私は一人で話してることになってしまう…?
えぇぇぇ嫌だよそれ! ただの恥ずかしい人じゃん!
私が頭を抱えていれば、実が少し申し訳なさそうに頬を掻いた。
『あのさ、誠には申し訳ないんだけど…。俺に意識向けてくれれば、それで分かるよ?』
急な真のカミングアウトに、私は半分呆気にとられた表情で彼を見る。
何でそれを先に言わねーんだよ!!
叫ぶのを何とか踏みとどまって、そう思って実を睨み付ければ、彼は申し訳なさそうな表情をする。
『えっと、何か言うタイミングもつかめずで…。頭の中で俺に声をかけてくれれば、分かるから…』
今さらだよまったくもう!
思わず顔を手で覆う。うう…でも、まぁ良いか。今まで他人に見られてはいないし。
『こんな感じで良いの…?』
『オッケー! ちゃんと聞こえてる!』
実が指で丸を作り、満面の笑みでこっちを見る。
その笑みが、私と同じ顔なのかと思うと、少しというか余計腹が立ってしまった。私が何とも言えぬ表情をしながら、お茶をずっと啜る。
入れたのは紅茶で、懐かしい味にほっと息が出る。程よい甘さが、体にしみる。
向こうでは、菊兄さんがよく私に入れてくれてたっけ。
『そういえば、この服のままでも大丈夫…?』
『そうだねー…でも、前はこういう服着てから、今日一日は大丈夫じゃない?』
『なら良いか…』
洗濯の時は、下着をこっそりと自分で洗えばなんとかなるだろうし。大丈夫そうだね。あと下着を買いに行かねば…、いや、胸ないけど。ないけど!!
私がお茶を飲んでいれば、トントンと階段を降りてくる音。私がそっちを向けば、実が反応した。
『そうだ、カエデのことも覚えてもらわないと…』
心配してたんだろうなー…。なんて、苦笑いで実が言う。
そうか、彼は菊兄さんの弟。だから、ここに居てもおかしくない。さて、そのカエデさんはどんな人なのか。
そう思って居ると、台所の方でガチャッと音がした。ひょこっと覗いてみれば、そこに見える黒髪。そしてチラリと見えた横顔。
「ファッ!?」
思わず変な声が出た。
直ぐに口元を手で覆って、ズザッと滑り込むようにソファーに腰掛けた。
間違いない、彼は私が向こうの世界で、腐れ縁だった彼だ。男だけど、年上だけど。ご近所付き合いで、幼い頃からの知り合いでよく皆で一緒に遊んだ。
そんな彼が、菊兄さんの弟!? どういう事!?
一人で混乱している中、実が大丈夫かと声をかけてきた。彼もソファーに隠れながらだけど。
『え、カオルってあの人だったの?』
『そうだけど、なんだあの人も知り合い?』
『いや、菊兄さんの弟ではなかったはず…!』
私が記憶を漁っても、菊兄さんに弟が居たなんて、そんな記憶なんてない。
そんな、私の知らない事情がここで出てきた…!
混乱してる私をよそに、彼はこっちの方に歩いてくる。あぁ、もうどうにでもなれ。
彼は私と実が座っているソファーに目を向けた。そしてその瞬間、目をかっ開いた。
「うわぁぁぁぁぁ! 実が2人!? どういうことだ!?」
『!?』
急のことに、私と実の目が開かれた。実は急いで私の中に隠れてきたけど。幽霊だから、こうやって私の中に隠れるのも可能なのか…。
一人で納得していれば、カエデは少し混乱した表情をしていた。
「は、あ…? 今ここに実が二人居なかったか?」
「二人どころか一人もいないけどね」
「は?」
私が思わずそう呟けば、カエデは余計訳が分からんと首をかしげた。
「どういう事だ?」
「いや、軽い冗談」
えへへっと笑えば、カエデは何言ってんだかと呆れ顔。
カエデは何とも言えぬ表情をして、隣にあるソファーに腰掛けた。
「……さっき帰ってきたよ」
「どうりで下が騒がしいと思った。なに一人で騒いでんだか」
それただの恥ずかしい人じゃん!
ううん、やっぱり向こうのカエデと同じだなあ…。瞳は、向こうのカエデより青みがかってるけど、顔は丸っきり一緒。
けど、こうやって家族として一緒に暮らしてるのか…。うえ、変な感じ…。
『実、カエデってどんな感じなの?』
私の中にいるのであろう実に問いかけてみる。
『………ん?』
反応がない。
え、あれ。何で!? もしかして成仏でもしちゃったの!? ええええ!?
どうしよう!