あたしは少し上機嫌で廊下を歩いていた。
何故かって? ふふふっ今日は早帰りの日なのだよ。早く帰れるって、やっぱり良いよね! テンション上がる。
私が少し鼻息混じりで廊下を歩いていれば。
「 」
「ん?」
廊下に、声が響いていた。
誰かが歌ってんのかなー…。凄い綺麗な声だ。あ、もしかしてあの窓際の人だろうか…。ふと耳に流れ込んできた歌声。吸い寄せられるような旋律。
段々と近づいてくるそれが、少し先の廊下の窓に寄りかかる影からだと気づいた。
いったい誰が…。
「もぅな〜んだかぁ〜〜セーラー服の子に会い〜たい〜」
「…………」
変態か。
パッと見は綺麗な赤茶色の髪で、イケメンさんだったのに。歌詞の内容が最低だった。
綺麗な声とか思っちゃったよ、嫌っ……ていうかその歌詞何だ!!
「今すぐになっ!………あれ、君は」
気づかれたっ!
気づかれた上で逃げ出すわけにもいかないので、あたしは仕方なく、本当に仕方なく引きつった笑みを浮かべながら、彼に近づいていく。
「どうも…」
軽く頭を下げて、挨拶をしながらそばに寄ると、彼はぱっと嬉しそうな笑顔を浮かべて、今にも飛び跳ねそうな勢いで話しかけてきた。
あ、よく見たらこの人あれだ、紅煉狐紀くんだ。あの天川奏架さんに邪険に扱われてる人。
「初めましてー。あ、君1年生だね。同じだ! どう、学校慣れた?」
そっか、向こうはあたしのことは知らないのか。あたしが向こうが(いろんな意味で)有名だから知っているだけで。
それにしても、まるで親戚のような問い詰めだ…。
「ま、まぁはい、それなりに……」
「そっか、それは良いことだよ。俺も慣れてきたところだしね。てか敬語いらないよー」
「は、はぁ…」
「あ、そうだ君良いところに来たね」
良いところ、と言うと…。歌の感想でも要求されんだろうか。だったら凄い困る。色んな意味で。
怪訝そうな表情を浮かべるあたしを見て、彼は再度楽しそうな笑みを浮かべる。
そして急にあたしの手を鷲掴んだかと思うと、そのまま驚くあたしにずいと整った顔を近づけた。
「君、着てみない?」
「はい?」
「んー何ていうかね、俺軽音やってんだけど奏架にセーラー服を着てもらって、それで一緒にステージに立ったり練習してほしいんだよ。なのに、奏架は着てくれないし…!
そこで! 仲間がいれば怖くない作戦? ただ着て奏架にセーラーを勧めてくれればいいからさ!
あ、別にいかがわしい事考えてないからね! 安心して」
最後にその言葉を持ってくる人は、だいたい考えている。昔そう教わった気がする。
「いえ、あたしそういう趣味とかプレイとか全く興味ないので…」
「えー、ただ着てるだけで良いんだよ? ほらセーラー服はロマンだよ」
「いや、あたしに利益ないし…」
「んー、それなら大丈夫! 君の気になる人から秘密のご褒美を……」
「何やってんだこの変態!」
「ぶっ殺すわよ!」
「ふびらっ!!」
不意に別の影二つが現れたかと思うと、目の前の彼は小気味良い音を立てて床に叩きつけられた。
うわぁ、痛そう…。それどころか少しめり込んでいるような…。
ふと殴った本人を見てみれば、そこには先輩である輝先輩と、先程まで話題に出ていた奏架ちゃんが居た。
「あ、輝先輩と、天川…さん?」
「よお」
「あ、どうも。苗字は合ってます」
お互いに頭をぺこりと下げて、少し和み始めた空気の中で、足元から「うぅ…」と掠れた声と共に起き上がる気配がした。あ、復活した。
「い、痛いよ二人共…。全く、相変わらずバイオレンスなんだから」
「随分と余裕じゃねーか、あぁ? 近々に発表があるって呼んだのに中々来ねえのは、どこのどいつだと思ってんだ?」
「や、やだなぁ、そんなマジギレしないでくださいよ! 勿論今から向かいますって! だから噛み砕くのだけはやめて!」
「それにさっき私の名前出してなかった?」
「いやそれは奏架…!」
……やっぱりこの人関わっちゃいけない感じだったのだろうか。さっきの歌とか聞いてると…。
……歌の歌詞については、今は深く考えるのはやめよう。
ていうかこの人、何部活サボっているんだろう。
あたしがそんなことを考えてるうちに、どうやら自体は収集したようだ。彼が、輝先輩に首根っこをつかまれている。うん、突っ込まない。
「あ」
すると、彼が口を開いた。
「俺まだ名前言ってなかったよね! 俺、紅煉狐紀!宜しくね」
知ってます、とは言わないでおこう。ていうかね、その体制でよろしくなと言われてもですね…。
「…北村由希です」
「由希ちゃんね! じゃあまたね!」
そう言って彼、いや紅煉くんは輝先輩に引っ張られながら去っていった。
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