「重…っ!」

 俺はフラフラと、両腕で抱えるくらいの資料を持って廊下を歩いていた。何故こうなったか、それは担任の先生が俺をパシrげふん。俺に運ぶようにとお願いしてきたからである。
 何故自分なのか、それはただ単に逃げ切れなかったからですよ。周りの人(げんげん)は俺を見捨てて逃げやがった。場所だって、学校に転校したばかりで完璧に覚えた訳じゃないのにさ。くそ、後で覚えていろ…!

 俺はやっとたどり着いた資料室の戸を、足でガラリと開ける。行儀悪いとかそんなの知らない。
 俺が中に入ると同時に、どこかで物が落ちる音が耳についた。

「……?」

 ドアを開けた状態のまま視線を巡らせば、部屋の隅にぽつんと置かれた、もう使われていないのであろう古いコピー機が目に入る。そして、そのコピー機と壁の間から見える、内履き…。

「……あの、足、見えてますけど」
「っ!?」

 ガタガッタン!と大きな音を立てながら、大げさに俺の言葉に反応して、素早い動きで足が影に引っ込んだ。……いったいどこの誰が、こんなところで何をしているのだろう…。

「…あのさ」
「はい?」
「何年生…?」
「俺ですか? 2年生です」
「そ、そっか。うん。よしっ。……あ、取り敢えず閉めてくれる? ドア」

 俺がそれに了承して、扉を閉める。
 声の主は女性のようで、威圧感のない柔らかさを持つ声が聞こえる。声の高さも、それに関係しているのかもしれない。
 俺は取り敢えず持ってきた資料を、先生に適当でいいと言われていたので、その辺の机の上に重ねる。あー……重かった。思わず肩をくるくると回す。
 すると、部屋の隅から衣擦れの音が聞こえてきて、視線を戻す。さっきの声の主であろう人が、コピー機の影からひょっこりと顔だけ出した状態で、こちらを見ていた。襟を見れば、ラインの色が緑だったことから、3年なのが分かる。先輩かあ…。

「…コンニチハ」
「コンニチハ、えへっ」

 取り敢えずカタコトだが挨拶をしてみれば、すかさず返事が返ってくる。
 少し眉を下げながら笑う人は、やっぱり女性だったみたいで、俺と同じ黄色の目が特徴的な人だった。
 そんな彼女は、少しオドオドしながら口を開く。

「えっとね、約束して欲しいことがあるんだけど…」
「え? はぁ…約束?」
「私がここに居た、ってことは誰にも言わないで欲しいんだよね」

 ……そんなこと言われても。誰なのか分からないから言い様がないんだけど…。
 いや、でもどこかで見たことは有るな。どこかは分からないけど…。
 俺が考えていれば、少し焦った表情で言葉を続ける。

「特に! 私と瓜二つで目付きが怖い男のチビ助に私の居場所聞かれたら、それこそ絶っっ対に私の事言っちゃダメだからね!」

 最後はもう、焦りどころでは無く怖かった。
 俺がそれに首を何回も振り、ドアに後ろ手を伸ばす。

「そ、それじゃあ失礼します…」
「そっか! 引き止めちゃってゴメンね。くれぐれも宜しくね!」
「い、いえ…」

 ひらひらと手を振りながらコピー機の後ろに帰っていく彼女を横目に、俺も出口に向かう。それにしても、やっぱりどこかで見たことがある気が…。
 頭の隅っこを掠る何かに首を傾けながら、ドアに手を伸ばしたそのとき。

ガラッ

「わっ!」
「ん?」

 直前にドアが勢い良く開いて、思わず声を上げる。しかも相手にぶつかってしまって後ろに転んでしまった。なんということだ…。
 慌てて顔を上げると、俺より少し小さい背丈の男子生徒が居た。

 ……見たことのある顔だ。

「すみません、急いでたもので…」
「え、あ、いや! 俺もぼーっとしてて」

 俺が慌てて立ち上がれば、彼が頭を下げ、彼の髪の毛がサラリと揺れる。艶のある綺麗な髪である。女子も羨むサラサラっぷりである。
 そして再び襟を見れば、緑色のライン。また先輩だ。


「…あの」
「は、はい?」
「ここらへんで、陸上部の女子を見かけませんでしたか?」
「陸部の女子…? すみません、あまり良く分からなくて…」
「あ、えっと…こうパッと見馬鹿面です」

 バッ…! この人毒舌だな! さらりと無表情のまま答えたよこの人。

「もう、見た目は僕と瓜二つの人です」
「瓜二つ…」

 直ぐに頭に浮かんだのは、つい何秒か前に言葉を交わしていた女性。そして目の前には瓜二つで目付きが少し鋭くて、さっきの彼女より背が低い男性。

 ……あの人、陸上部だったんだ。

 よく考えたら、目の前のこの人も、さっきの女性も表彰台に立っているところを見たことがある。通りで何か見たことがあると…。

「見てませんか?」

 軽く首を傾げながら、俺の顔をのぞき込みながら聞いてくる。その行動に少し驚きながらも、俺はどうしようかと悩む。いや、さっき言わないでって言われたし…。きっと後ろのコピー機の影でがたがたと震えているんじゃなかな…。
 俺がそんなことを考えていれば、彼はため息を吐く。

「まぁ分かってますけどね。そこに居ることぐらい」

 キッと睨みつけた場所は、コピー機。
 やばい、何で分かるんだ。彼はカツカツと歩き、コピー機の所に向かう。するとその寸前に彼女はコピー機の影から出て、俺のところまで走ってきた。

「ちょっちょっと! 水憐何で分かったのよ!」
「火燐の考えくらいお見通しなんですよ!」

 良いから教室に戻れ。と水憐さん(今名前知った)が叫ぶと、火燐さん(こっちも)は舌を出して扉に手をかける。

「嫌だよーっだ!」

 そしてそのまま廊下を走り出す。思わず廊下に顔を出した。って早っ!足早っ!流石陸上部!

「なっ!火燐!待ちなさい!」

 そのすぐ後に、水憐さんも走り出す。水憐さんも早いな! 流石としか言いようがないな!
 二人の居なくなったこの場所は、静かすぎるくらいに感じた。


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