暫くしてから、朱理ちゃんがトイレから出てきて、そしてそのまま洗面所に向かった。そしてそこに篭ってから約10分。何してるのあの子は…。いや、彼女の家だから自由だけどさ。
 思わずコタツから出て、洗面所の方に向かう。着替えてるわけではないようなので、開いている扉から見てみる。
 彼女は洗面台に水を張り、その中に手を突っ込んで、ボーッとその手元を眺めていた。
 何やってるのこの子…。

 そう思って思わず声をかけた。

「何やってるの、朱理ちゃん」
「っ!」

 バッと彼女がこちらに振り向き、声を裏返しながら僕の名前を呼んだ。

「あのね、いくら春先だからってずっと水の中に手を突っ込んじゃアレだよ。それで風邪ひいても文句言えないよ、君」

 そう言って足を一歩踏み出すと、

「こ、来ないで!」

 彼女が急に叫んだので、疑問に思いながら顔を見ると、目に涙を浮かべて、今にも泣きそうな表情をしていた。

 ……あ、あー……。

 僕はくるっと向きを変え、彼女に背を向けた。悟った、悟ったよ。

「体調は? どうなの?」
「……重い、」
「そう、じゃあ横になりなよ」

 僕はそう言うと今に戻り、コタツに入る。
 暫くしてから、彼女はコタツに入りながら横になった。
 僕は少し立ち上がって、座布団をひとつ折りしてから、腰の下にいれる。なんだか手慣れている。そう言われたけど、慣れてるわけじゃないよ。たまたまこの間見たテレビで言ってたんだよ。手でお腹を撫でれば、それだけでもだいぶ違うかな。
 そう思ってお腹を撫でてみる。彼女は変なものを見るかのような目で僕を見る。

「何」
「いや、苔が優しいって思って」
「潰すよ?」
「ごめん…」

 いつもはこんなに重くないのにな。環境が変わったせいかな。
 なんて、軽くポツリポツリと小さくつぶやく。

「こんなもの、来なくていいのに…」

 そう呟かれた言葉に、僕は彼女の顔を見る。けど、彼女は手で顔を隠していた。

「私、男で生まれればよかった…!」

 何かあったな。部活関連で。幼馴染の縁といいますか、長い付き合いだから、何か分かるっていうか。

「体力測定で何かあった?」
「……持久走がひどかった」
「体調が悪かったからね」
「それのお原因がこれだし…」
「他には? それが本当の理由じゃないでしょ?」
「……腹筋が、33回だったの」
「凄いじゃん。10点じゃない」
「そうじゃなくて…。私、トランペットだから、腹筋が必要だから、だから皆より多くできるようにしたいの、でも」

 そう言うと彼女は唇を噛む。

「所詮女子なんだって、男子に勝てるわけがないって…。思い知らされたような気がして」
「うん」
「男女の壁ってものが、こんなに有るものかって…怖くて、」
「馬鹿にされるのが?」

 僕ができるだけ柔らかく問えば、彼女は首を縦に振った。

「男子だったら、もっと皆を上手くまとめられるのかもって、悪循環で考えちゃて。将来プロになりたいって思っても、どうせ男子に負けちゃうのかもって。そしたら、去年あんなことにならなかったかもしれないって…」
「そしたら、今の僕たちはなかったかもしれないね」

 てかね、朱理ちゃんが男だったら、僕は去年きっと見捨てたと思うよ。なんて冗談混じえて言ってみれば、彼女は何とも言えぬ顔をした。

「音楽の道に進むなら、プロだけじゃない。勿論プロっていう道が第一志望かもしれない。でも経験していくうちに、新しい道も見えてくるんじゃないかな」

 好きな人ができて、結婚するかもしれない。子供も産んで、普通に女の子らしく幸せな道を歩めるかもしれない。

「ほら、先生とか」
「先生…」
「朱理ちゃん一応人徳はあるからねー。子供にも生徒とかにも好かれるんじゃない? あとは、警察官とか」

 警察なら公務員として、しかも時羽学園の異能者だったら、採用される確率は、申し訳ないけど普通の人より受かりやすい。彼女は運動神経も良いから、ほぼ100%受かるだろう。頭は…まぁ、免除されると聞いたけど…どうなんだか。
 兎に角、そうする道もあるということだ。
 ポンポンと彼女のお腹を軽くたたく。

「夕御飯前には起こしてあげるから、今は寝ときなよ」
「……うん」

 そう言って軽くまぶたを閉じて、暫くしてから寝息が聞こえてきた。
 全く、そこまで悩む必要なんてないのにさ、バカだよねえ。
 早く、楽にしてくれる人がいればいいんだけど。ま、それまでは僕が支えてあげるよ。しょうがないからね。





―――――――――――――
個人的に思うのは、朱理だけが特別ってわけではなくて、この事は誰にでも起こるようなことだと思ってます。
過去の大会の結果でも、学生だからこそ起こったことで、特別なことではないと思います。
誰だって何かしら一つ、コンプレックスを持っていて、悩みがあって、抱えるものがあって…当たり前だと思います。
それを支えてくれる人がいるかどうか、だと思っています( ´ ▽ ` )ノ
それがコイツの場合は苔…げふん、紋ということを言いたかったといいますか…。う、上手く伝えられないですねひいい!

まぁ簡潔に言えば、紋は嫌な奴だけど優しい一面も一応あるんだよ!ということだけを主張しておきます!

あと、個人的に水憐と紋は犬猿の仲だと私が楽しいです。こうやってみると、2年が一番まとまりがない気がします。カオス2年組。


そしてアレ系なネタも出してしまい申し訳ございませんでした…!

それでは、あとがきも長くなってしまいましたが…。ここまで読んでくださってありがとうございました。


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