笑えないし泣けないし
連休初日の朝。
学園の最寄り駅から電車に乗り込んだあたし達は、とある所を目指していた。
「この合宿ってどういうことするの?」
4人掛けのボックス席の窓際で、あっちゃんから貰ったプリントを片手に問う。
ちなみに今回の席順は、あたしが窓際でその隣に十知君、あたしの正面にあっちゃんと言う感じで座っている。
「時羽学園が考案したもので、時羽依頼所と一緒に特訓を行うんです」
今回は、時羽依頼所が時羽学園の異能者、または依頼所に興味のある人を対象に特訓を行う行事らしい。
参加は1年生以外は自由らしいが、他者の能力を改めて知ることができる、依頼所の先輩たちの能力が見れると結構人気らしい。
じゃあ、あたしも頑張ろうかな。
そんな事を思いながら、2人の会話を聞きながら電車の揺れに身を委ねていたら、段々と瞼が下がってきた。
「北村さんは…――って、あれ?」
十知君が私の名前を呼ぶのが、薄い膜を隔てているような感覚で聞こえてくる。
「眠ってしまいましたね」
「まぁ、朝早いですしね」
「着くまで寝かせておきましょうか」
あっちゃんと十知君の声もぼんやりとヴェールに包まれたような音で耳に届くけど、あたしの瞼は下がっていくばかりで、返事をしようとしても身体が言うことを聞かない。
あたしはそのままふわふわと揺蕩うような微睡みに負けて、夢の中へと身を投じた。
******
結局目的の駅に到着するまで熟睡してしまったあたしは、寝惚けた眼を擦りながら電車を降りた。
「よく寝てましたね」
あたしの前を歩く十知君が笑って言う。
「あはは…電車とか車に乗ると、なんか寝ちゃうんだよね」
「あー、分かるかもしれません。あの揺れは眠くなりますよね」
苦笑いであたしが言った言葉に十知君も同意してくれて、そんな感じの他愛ない話をしながら歩くこと暫し。
到着した目的地は、大きなお屋敷。
「うわー! 大きいね」
「後ろの森全体も、ここの敷地だそうですよ」
口をあんぐりと開けているあたしに十知君がそう教えれば、更に呆然としてスケール大きいなあ、と思いながら周りを見渡す。
入る前からだいぶ緊張してるんだけど、大丈夫だろうか…。
さっさと館に近付いたあっちゃんが躊躇いもなく呼び鈴を押すと、軋んだ重い音を立てて扉が開かれる。
「いらっしゃい。ようこそ強化合宿へ」
「時羽学園の南彩鈴、北村由希、酉海十知です」
入口に入り、目の前に立っていた女性にそう告げると、女性は笑みを浮かべて手を差し出した。
「?」
「能力の確認をしているんです」
頭上に疑問符が浮かばせながら首を傾げるあたしにそう教えたのは十知君で、女性はあっちゃんの額に手を軽く当てる。
すると、ポゥと淡く光ったかと思うと、女性は3つに別れたうちの一番真ん中の道を指差した。
「あちらの方へ向かってね」
「分かりました」
「じゃあ、あなた達も。時間かかるから二人一緒でいいわよ」
そう言われて、女性の左手があたしの額に当てられる。
一瞬なんか不思議な感覚がしたけれど、でもそれは直ぐに終わる。
「黄色の瞳の君も真ん中。緑の瞳のあなたは右ね」
「えっ!!?」
あっちゃん達とは別の、右の通路を指差した。
「あたしだけ右!? なんで!!」
「それでは、また後で」
「わあああ! 初めての場所で一人はいやああああ!!」
半泣きで慌ててあっちゃん達を振り返ったあたしだけど、二人は語尾に星が付いているかのような軽い口調で、あたしに別れを告げる。
「由希さん、あとでちゃんと会えあすから…。少し離れてしまいますけど、一緒に頑張りましょう?」
「あっちゃん…わかった」
初めての場所で離れちゃうのは確かに心細いけれど、頑張るしかないよね…。
グッと拳に力を込めて、気合を入れる。
よし!!
あちゃん達と分かれて、一番右の道を歩く。
通路は結構暗くて、なかなか見にくい…。暗いところを歩くと、自分が本当に真っ直ぐに歩いているのか分からなくなるよね…。
それでも歩くしかないし…。そう思って足を進めれば、目の前に光が見えた。
もしかして出口!?
そう思って駆け出した瞬間、
「え゛」
ふわっ、と体が宙に浮いた気がした。
簡単に言えば、足元が急に何もなくなったので、こう…何が言いたいか分かりますよね。
「落ちっ…!」
落ちる!
そう思って目をギュッと閉じれば、パシッとあたしの腕を誰かが掴んだ。
「大丈夫ですか?」
聞いたことのある声…。
そう思ってキツく閉じていた瞳を開く。そして上の方を見れば…。
「ぶ、武関君…!?」
何でここに!!??
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