疾走する世界

 4月から5月に変わる、世間一般では黄金週間と呼ばれる連休の直前。明日からの連休を前にして、教室内は賑わいでいる。
 家族と旅行だとか、友達と遊ぶだとか、そんなクラスメイト達の会話を右から左に受け流しながら、ホームルームが始まるのを待っていた。

「はーい、座って座ってー。ホームルームやるよー」

 そう言いながら、白奈先生が入ってきた。まだ立ったままの人達は、慌てて席に戻る。
 GW中の注意、あと合宿に参加する人は気をつけること、ほかにも色々…。そしてそろそろ終わる頃、先生がとある事を聞く。

「えっと、6月6日が体育祭なんだけど、応援リーダー二人出さなきゃいけないんだけど、やりたい人いる?」

 皆が先生から目をそらす。そしてシンと静まる教室。
 ピシリと白奈先生の顔がヒクつったのがわかる。

「ったくあんた等は、こういう時だけ結束して一斉に黙っちゃって…。その団結力ほかに活かせよ」

 先生の口調が荒くなってる…!
 よく見ると、先生の髪の毛が逆立ってるように見える…! 先生怖い!
 皆でガクガクしていると、先生は舌打ちをしてから、出席名簿を開き、じっと眺めてから口を開いた。

「東堂、今日は何日」
「え…26日っすけど…」
「南。体育祭の行われる日を掛け算すると?」
「……36」

 先生、いつもは君付けやさん付けなのに呼び捨てだ…。怖い。
 そう思っている中、二人がそういえば、先生はパタンと出席簿を閉じる。

「出席番号
 26番 東堂源輝
 36番 南彩鈴
 ハイ決定おしまいさようなら」
「「チョッ待てぇぇぇ!!!」」
「うわ、なにそのベタな反応。てか西野はどうした」

 大声で反発したのはげん君と、何故かゆう君だった。

「ふざけないでください、俺はやりません!!!」
「だってこうでもしないと決まらないじゃんこのクラス」

 げん君が珍しく声を上げながら反発した。

「先生! 俺6日に生まれました! だから!」
「だからアンタはどうしたの!!」

 ゆう君が必死に叫びながら先生に抗議する。先生も思わず叫んでしまった。あぁ、分かった気がする。あっちゃんとやりたいんだね? それがげん君とあっちゃんだから不満なんだね? わかったわかった。
 すると、スっと手が挙がる。あっちゃんである。

「先生、西野さんがやりたいそうなので、私の代わりにお願いします」
「ちょっアリスちゃんそれだと意味な」
「じゃあ南の代わりに西野な。じゃ、東堂と西野はとりあえず職員室ね。あとは帰っていいよ。解散!」

 先生はそう言いながら歩いて行った。解散ということで、もう気分はGWに入るわけで、再び騒ぎはじめる教室。そして廊下の方から、白奈先生の「ぎゃあああ!」という悲鳴とともに「何やってんだぁぁ!」という声も聞こえたけど、皆でスルーを決め込んだ。

 そして帰り支度を済ませたあたしは、いつも通り一緒に帰るため、あっちゃんの方へ向かった。
 がさがさと教科書等を片付けているあっちゃんを待っていたら、不意に教室の入口付近が騒がしくなって何事かと視線を向ける。
 そんなあたしの視界に飛び込んできたのは、

(……見なかったことにしてもいいかな)

 うっかり二度見してから視線を逸らしてしまう程、ゆう君がげん君にひっついてぎゃあぎゃあと騒いでいる姿。そしてゆう君はげん君にひっつきながら、こっちのほうに向かってきていた。
 幸いにも、あっちゃんは片付けに気を取られていたお陰で、最初の騒ぎには気付かなかったようで、げん君の足音に気付いてようやく顔を上げる。
 そしてあっちゃんがいつもの何気ない調子でゆう君とげん君に声を掛けた瞬間、

――バリーン

 と凄まじい音を立てて、あっちゃんの机の真横にある窓が弾けた。

「え、危なっ…!」

 げん君とゆう君が急いであたし達の窓側の方へ来るのをチラリと見えながら、それでも先にあたしの視界に入ったのは別の人物だった。
 その人が腕を横に振れば、そこには壁ができたかのように、ガラスの破片を受け止め、あたし達を守ってくれていた。

「大丈夫ですか?」

 唖然とするあたし達の前に、降り注ぐ硝子の破片をキラキラとまるで自分の効果のように煌めかせながら降り立ったのは、このクラスの級長を務めている酉海十知(とりうみ じゅうち)君だった。
 そんな彼は何事もなかったかのように笑みを湛えて、そして窓の方を見る。

「どうやら、外で騒いでいた男子のボールですね」

 皆で窓の外の方を見れば、必死に頭をぺこぺこと下げている男子が居た。あっちゃんがそれに手を振り、大丈夫のことを示せば、彼等はホッとした表情になる。
 しかし、すぐに先生が怒りながら走ってきたため、直ぐに顔面蒼白となっていたが。

「それより大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫です」
「それで、南さんにこれを渡そうと思っていたのですが…」
「あ、これ探していたんです。ありがとうございます」

 守ってもらったとはいえ、急の事だったからであろう、髪に付いた硝子の破片を尚もキラキラさせながら話している十知君と、あっちゃんは会話を続けている。
 あたしは先程の衝撃が今更心拍数に反映されて、あまりの驚きからどきどきと煩く喚き立てる心臓を必死に落ち着かせようとしていた。

「それで、由希さん…、? て、どうしました?」
「北村さんなんて顔してるんですか」
「だ、誰のせいだと思ってるの…すっごいびっくりしたんだよ!」

 徐に振り返った十知君は、あたしの顔を見た瞬間吹き出した。
 ムッとしてそうに言い返せば、十知君に小さく笑みを浮かべられながら、ごめんと謝られた。
 そんな会話をしていたあたし達の様子を見て、笑みを浮かべていたあっちゃんは、十知君の方へ振り返る。
 そんな十知君の髪がまだキラキラとしているのを見て、あっちゃんは思わず十知君の腕を引いた。

「あ、酉海さん」
「はい?」
「硝子がいっぱい付いて――った…!」

 再びあっちゃんの方を向いた十知君の髪に手を伸ばして、ぱさぱさと破片を払ったら、小さく痛みの声をもらして反射的に手を引っ込めると、一瞬目を開き、直ぐに眉間に皺を寄せた十知君にその手を取られて、

「バッカ、何やってるんですか」
「っ――!!??」
「なっ――」
「あ、」
「ちょ、十知君!?」

 あろうことか、あっちゃんの右手の中指は十知君の口にぱくりと咥えられてしまった。
 あまりの事に硬直するあっちゃんと、それぞれ驚きを顕にするあたし達3人。
 ちゅっ、と軽いリップノイズを立ててあっちゃんの指から口を離した十知君は、そんなあたし達の様子など素知らぬ顔であたしに顔を向ける。

「北村さん、絆創膏ありますか?」
「え、あぁ…うん…どうぞ」

 思わず敬語になりながら、あたしがスカートのポケットから出した絆創膏を十知君に渡すと、十知君はそれを手早くあっちゃんの指先に巻きつけた。

「これで大丈夫ですね。……どうしたんですか、南さん? 顔赤くして…」
「十知君貴様ああああああああ!!! あっちゃんになんて事をおおおおおおお!!!!」
「うるせえ優羽。黙れ」

 十知君がゆう君に驚いていれば、あっちゃんの手を見てハッとし、顔を真っ赤にする。

「ご、ごごごごごめんなさい!!! じょ、女性の手にあんな事っ!!!!」
「い、いえ。驚きましたけど大丈夫ですので、落ち着いてください…!」

 十知君がテンパりながら手を忙しなく動かせば、あっちゃんはヘラリと笑みを見せた。

「ありがとうございました」

 そんなあっちゃんの笑みを見て、十知君の顔が余計真っ赤になる。

 あ、あらら…。これは…。

「ゆう君ドンマイ…?」
「北村…。優羽には言ってやるなよ…」
「うん…」

 そんなゆう君はげん君の足元で体をプルプルとさせながら、体をまるませていた。大方げん君にど突かれたというところだろうか。

 せっかく落ち着いた心拍数が今度はさっきとは比べ物にならない程上がっていて、それ以上に熱を持ったあっちゃんや十知君の顔を心配しながら、あたしはゆう君の事を思うとどうも同情しかできなかった。
 そんな中、あっちゃんは右手の中指に巻かれた絆創膏を無意識に握りしめていたのを、あたし達は知らない。


← / 





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -