愛してほしかったの

 前から、どこか変だと思っていた。
 どこが、と聞かれれば、簡単には説明はできないのだけれども。

 目の前に立つ彼。彼は、どうも見覚えがあった。
 記憶のない、幼い頃。記憶がないはずなのに、どこか懐かしく、記憶があった。俺が覚えていた…。

「お前に協力してもらいたいんだ」
「協力…?」

 俺が疑問気に聞けば、彼は俺の前に膝をつき、俺の顔を見る。

「そう、お前にしかできないことだよ…」
「俺にしか…」
「知ってるぜ? お前、過去の記憶がないんだってな…?」

 どうしてそれを。

 思わず目が開いたのがわかる。
 俺が驚きの表情でいれば、彼は笑みを浮かべた。

「その理由を、教えてやる、と言ったら…?」

 彼が腕を差し伸べた。
 こっちにこいと、誘っている。

 普通に考えれば、こんな誘いには乗らないだろう。記憶くらいなんだと。それくらい必要ないと。
 けれど、俺にとっては、記憶がないというのは、とても苦しいものだった。

 いつからの記憶がないのかもわからない。小学の時はどうしてたか。いや、せめて中学時代は…? なにも覚えていない。今現在一人暮らしで、学校の寮で暮らしている。
 それはいつから? それも分からない。

 過去がわからないというのは、とても辛く苦しい。恐怖だ。

 誰を頼っていいのかもわからない。両親がどこにいるのかもわからない。両親が誰だったのかもわからない。
 俺の名前が、本当にこの名前だったのかもわからない。


 存在している、それが分からない。


 だから、俺が求めるのは、どうして過去の記憶がないのか。それを知ること。そして、俺の過去を知ることなのだ。

 だから、俺たちの利害は、一応一致している。

「だから、オレたちの仲間になれよ…」

 他にも仲間がいるのか…。心強いなあ…。

「学校にいるから。いつでも頼ってくれよ。オレも期待してるぜ」

 そう言って彼が俺に渡した、まるで水晶のようなもの。
 丸い、玉。
 黄色というか、オレンジ色というか…。
 それが瓶の中に詰まっていた。

「これを毎日飲んでくれないか?」
「何個…」
「1個でいい。好きな時に飲んでくれ」

 ただし、抜かすことは絶対にするなよ。
 飲まなかったら、お前の身に何が起こるかわからない。
 その時、オレが助けようとしても、簡単には助けられない。
 覚悟しておけ。

 そう言って、彼は俺の前から姿を消した。

「これで、俺のことが分かるなら」

 安いものだ。
 俺は瓶の中から、その一粒を取り出し、口に放り込んだ。


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