うやむやにしたのは君だった

 体育祭が終了し、生徒が帰ってしまい、学校には全然人がいないという状況だった。
 そりゃあそうだよね…。体育祭のあとだもん、疲れただろうし、誰もいないのは当たり前だ。
 けれど、こう…誰もいない学校というのは、こうも怖いものなのか。

 げん君に抱えられながら、思わずそんなことを思った。

「保健室、開いてるでしょうか…」
「んー…開いてることを願おう」

 あっちゃんとゆう君があたし達の前で並んで歩き、そんな会話をしている。
 一応学校の中に入ったんだけど…。あたしは早くおろして欲しいのが本音かな! もう半分諦めてるけどね!
 保健室の前に着き、ゆう君が扉に手をかける。

 ガッ、ガッガッガッ

 何回も扉を開けようとしては開かない。それを繰り返す音が、誰もいない廊下に響く。
 なんか虚しくなってきたぞ。

「やっぱり誰も…」


―――カツンッ


 いない。そう言おうとした瞬間、何かの物音が聞こえた。
 そちらを振り向けば、皆がどうしたのかと聞いてくる。

「いや、物音がして…」
「でも、誰もいないんじゃ…」

 ゆう君が呟くけど、それをあっちゃんが否定した。

「いえ、いらっしゃるようです」
「え?」

 物音がどんどん近づいてくる。
 先ほどの出来事のせいか、皆が身構える。光鈴じゃない、とは言い切れないのだ。
 皆の顔がこわばる。
 そして、曲がり角から、見えた姿、は……。


「あれ、みんなどうして…」
「か、会長…」

 会長さんだった。
 こっちが逆に聞きたいんだけど…。そう思ったけど、彼の手元の懐中電灯。それともう片方の手にある荷物。
 見る限り、見回りって感じだろうか…。

 先輩は笑いながらこちらに歩いてくる。

「どうしたのこんな時間に。東堂君も北村ちゃんを抱えちゃって……」

 会長さんは笑いながら言うけど、私の手と首を見て、動きを止めた。顔の表情も固まる。

「……それ、どうしたの」
「後で説明します…。それより手当を…」
「そうだね」

 先輩はポケットから鍵を出し、保健室のカギ穴に入れ、カチャリと回す。

「会長さんってスペアキー持ってるんだ…」
「……まぁ、そんな感じかな。それより中に入って」

 運ばれてるまま、保健室の中に入る。そこにあったベッドに座らされて、げん君があたしから離れた。

「あ、げん君運んでくれてありがとう…」
「別に…」

 げん君が離れると同時に、入れ替わるように黄蘭先輩があたしに近づいた。
 先輩はあたしの手を掴んで、怪我の様子を見る。続いて首元に触れ、顔をしかめた。

「首と手…。刃物で切ったか切られたか、そんな感じだね…」
「はい…。あの、先生は…」
「先生はもういない」

 じゃあ、怪我の手当てできないんじゃ…。

「千束先輩は?」
「今日は皆を早く帰らせたからね。千束君も居ない」

 本気で誰もいねえ…。
 軽く絶望していれば、黄蘭先輩が笑みを浮かべた。

「大丈夫。ボクは仮にも会長だしね…」
「え?」

 先輩はもう一度、あたしの怪我をしたところ、手のひらに触れた。
 その瞬間、ふわっと軽い風と光が舞う。

 え、え、え…!?

 あたしを含め、みんなが驚きの顔になる。
 手のひらの傷は、徐々にふさがっていき、傷跡が全然残っていないようになった。

 そういえば、前に彩兎先輩が言っていた。
 会長さんの能力は奪うことだと。相手の能力を完璧に自分のものにしてしまう。
 それに、能力を奪うと、相手はその能力が使えなくなっちゃうって、先輩言ってたっけ…。いや、でも冗談だって言ってたし!



「はいっ! 手は治ったよ!」
「えっ!? あっ、ありがとうございます!」

 いえいえ。そう言って先輩は軽く笑みを浮かべながら、今度はあたしの首元に手を当てる。

「こっちはそこまで深くはないね…。良かった」
「そうですか…」

 ホッと安堵の息が出る。
 良かった、ちょっと切られただけだったんだ。

「……235…の25ペ…」
「ん? 先輩何か言いました?」
「ううん。なんでもないよ〜」

 へらりと笑ってから、再び軽い風と光が舞うのが分かった。

「これなら直ぐに……ん?」
「え? どうかしました?」

 ちょっと嫌な予感するんだけど。え、ちょっと、ちょっと嫌だ。

「……うん、ちょっとね」
「ちょっと何なんですか!?」
「一応傷は塞がったし、血は出ない…けど、」
「けど?」

 彼は少し険しい顔をしてから、また小さく口元を動かしてから、能力なのか、手元に鏡を表した。
 先輩、どれくらいの能力を持っているんだろう…。
 その鏡で、あたしの首元を写す。

「……あ、」
「どうかしましたか?」

 あっちゃん達が近寄ってくる。
 あたしは未だに鏡を見たままだ。

「……ゆっきー…」
「それ、」

 ゆう君とあっちゃんの表情が少し曇る。
 そりゃあそうだろう。
 あたしの首元、切られたところは、血は出ていないし、傷が開いたままではない。けれど、傷跡は残っているのだ。
 そこまで深くなかったはず。なのに、切られた跡、一本の真っ直ぐな赤い線が残っている。

「これはちょっと…」

 ゆう君の眉が下がる。
 ゆう君が切られたわけじゃないのに、そうやって悲しんでくれるんだね。なんて思い上がりだろうか。でも、そういう表情をしてくれて、ゆう君は優しいね。

「……北村ちゃん、もう一回…」
「いえ、良いです」
「え?」

 あたしは切られてしまった首元に、自分の手を当てる。

「きっと、これはメッセージのようなものだと思うんです。忘れるなと。そういう事なんだと思うんです」
「メッセージ…?」
「はい…。これは、あたしの背負うものだと思うので」

 あたしは立ち上がって、頭を下げた。

「治療してくれて、ありがとうござました」
「えっでも完全に治したわけじゃ…」
「良いんです。あたしだけ完全に治すなんて、不公平だと思うので…」

 あたしはチラリとあっちゃんを見る。
 あっちゃんはそれに気づいて、あたしの方を見た。思わず笑みが浮かぶ。

「ちょっとトイレ行ってきますね」

 保健室から出て、トイレを目指す………うん。

 軽く戻って、扉から顔を覗かす。

「あっちゃん、ごめんついて来て…」
「……くすっ。はい、分かりました」

 えへへ、と思わず笑ってしまう。




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