あの人の影は未だわたしの前を歩く
ひゅうっ、と生暖かな風が吹く。
時羽学園から離れた距離にある高いビル、その屋上に立っている少年の髪と、羽織っているマントが、その風により揺れた。
しかし、彼はそれを気にせず、時羽学園の方を見続けている。
「あ! やっと見つけたんだぞ!」
後ろから聞こえた声に、少年は目だけをそちらに向ける。勿論、後ろなので完全ではなく、うっすらと、という感じだが。
けれど、この少年には関係のない話。
「あぁ、君か。やっと見つけたって、どうしたんだ?」
「どうしたもこうもないよ! ボクずっと探してたんだからね!」
プンプンと効果音がつきそうな感じで怒る相手に、思わず小さく笑みがこぼれた。それに相手はご不満な様子。
「なんで笑うのさー…」
「いや、なんか可愛らしくてさ」
くすくすと彼が笑えば、相手は少し不満そうだ。
「それより、一人称のボクを直したらどうだ? もう立派なレディだろ?」
軽く皮肉の交えた感じに言えば、彼女はむっとする。
「良いの! ボクの方がしっくりくるんだもん。私とかあたしだと、女の子って感じで弱そうなんだもん」
「服装はスカートだけどな」
「それとこれは別なんだぞ」
少し頬をふくらませながら、少女は足を動かした。
途中で少し大きな障害物があったが、彼女はそれをうまく飛び越え、軽くスキップで少年の隣に移動する。
相変わらず、運動神経や身のこなしが違うな。
と軽く横目で見ながら思った。
そんな彼の考えも知らず、少女は時羽学園の方を見る。
「最近よく探してる気がするよ」
「何が?」
「君を!」
少女が思わず叫べば、少年は少し驚いた表情をするが、直ぐにあぁと声をもらす。
「探し物をしていたからね」
「へー…。見つかったの?」
「まあね」
そういう彼だが、表情は笑みではない。それを見た少女が、どうしたのかと聞いてくる。
けれど、彼は少し時羽学園を睨み続けている。
その様子が気に入らなかったのか、少女が少年の前にバッと飛び出す。
「ばっ、ばか! 危ないだろ」
少女はにっと笑みを浮かべれば、わざとなのか事故なのか、足を滑らせて体が宙に浮いた。
少年は急いで後を追い、空中で彼女を抱き上げた。
そのまま数秒空中を浮遊していれば、直ぐに地面が見えてくる。普通なら大惨事になるであろう出来事なのに、彼らは違った。
少年は地面に上手く舞い降り、足を地面につけた。
「何やってるんだお前は…」
「えへへ! 絶対に助けてくれると思ってたんだ」
「はいはい」
抱えていたのを横抱きにすれば、彼女は少年の首に腕を回して、抱きついてくる。それを少年はうまく受け流した。
お前が飛び降りても、怪我なんてしないだろうよ。
なんて思いながらも、それは言わないで心の中で留めておく。
「それよりも、騒ぎにならなかったね」
「当たり前だろ。オレがそんなミスをするはずがない」
「おぉ! 流石だね」
笑みを浮かべる彼女に、彼はもう怒る気力をなくした。それに、こういうのは1回ではないからだ。慣れた、というのが正しいだろうか。
「よーし! じゃあこのままGOだ!」
「はいはい。仰せのままに」
「にひひっ」
どこに行きたいんだ? と少年が問えば、彼女はうーんと悩んでから、ぴんと閃いたように笑みを浮かべた。
「やっぱり時羽学園! 明日そこで祭りがあるって聞いたんだぞ!」
「時羽かよ…それに祭りって……。あぁ、そうか」
明日は、体育祭だったな。
少年の言葉は、風の中に紛れて消えた。
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