すばらしい春の日のこと

「ここは芸能芸術科。ここは絵とかそういう系列と、音楽と分かれてやってる」

 そう言われてみれば、学科の入口に入ってからすぐ、音楽と芸術と分かれている。

「ここは基本的に個人が多いの。それぞれの必要科目、基礎みたいな授業をとって、あとは自由に各自って感じ」

 へえ、と皆が声をこぼす。
 先生が言うには、両方見るのは時間かかるので、各自好きな方を選んで欲しいとのこと。
 うーん、どうしようかな…。

「音楽の方に行くか…」

 音楽の方に足を進める。
 中に入れば、広い授業を受ける教室があったり、個人の練習室がたくさん並んでいた。
 数はたくさんあるし、どこを覗いてもピアノもきちんと置かれている。この学校って設備が本当に良いよなあ…。
 そう思って見てわ回っていると、

「北村さん?」

 後ろから声をかけられ、後ろを振り向く。

「あ、音雲先輩」
「こんにちは」

 にこりと笑みを浮かべて、あたしに挨拶をしてくれた。あたしが慌てて頭を下げて挨拶すれば、気にしないでいいと言ってくれた。

「先輩は音楽科なんですか?」
「ええ。さらに詳しくなると声楽って感じですね」
「声楽!」

 歌なんだ…! そういえば、先輩声綺麗だもんなあ…。先輩の腕に抱えられている楽譜を思わず見てみれば、見てみますか? と渡される。
 ありがたく受け取ってみた、ん、だけど…。

「な、何語…?」
「イタリア語ですね」
「イタリア!? 何でまた…」
「イタリア語が、声の発声に向いてるからですよ」

 へぇ、と声を漏らしてパラパラとめくってみる。中には和訳の歌詞も書かれてるけど…。なんていうか…。

「イタリアの歌って、重いですね…」
「ふふっ。私たちからすれば、そうかもしれませんね」

 イタリア人はこんな愛の歌を、普通に歌っているのか…。すごいなぁ。なんていうか、ストレートって感じ。
 日本はさりげなくって感じだけど、やっぱり外国って、直にくるんだな…。
 一人で考えていると、向こうから見慣れたポニーテールの人が歩いてきた。

「あ、」
「あれ、由希じゃん」

 久しぶりー。と片手を上げて、朱理さんが挨拶してきた。

「お久しぶりです…。朱理さんも、音楽科なんですか?」
「そうだよ。器楽が主かな」

 あー、そういえば先輩は吹奏楽の部長だったっけ。なら不思議でもないか。

「先輩はプロ目指してるんですか?」
「プロ…。うーん、そう、だと良いんだけど…」

 ん? 何か聞いちゃいけなかったかな…。
 思わず冷や汗が流れると、そうだと朱理さんがあたしの方を見る。

「私と音雲のセッション見ない?」
「え?」

 返事する間もなく、先輩に手を引かれ、とある練習室に3人で入った。
 セッションってどういうことなんだろ。そう思っていれば、それを感じ取ったのか、朱理さんが説明をはじめる。

「私たちの学科はね、期末テストに声楽と器楽で一緒にやるのがあるんだ」
「へえ…」
「器楽はピアノも必須だから、そのピアノのテストと、声楽の歌のテストを一緒にしちゃうの」

 そんなのあるんだ…。
 感心していれば、朱理さんはピアノの蓋を開け、楽譜を置く。そして音雲先輩は、さっきのイタリア歌曲の、とあるページを開いた。
 なんの曲かと問えば『Caro Laccio』『いとしい絆よ』だそうだ。うむ、分からん。
 あたしがそう思ったのがバレたのか、音雲先輩に苦笑いされながらも、朱理さんはピアノを弾き始める。

 ……上手い、なぁ…。
 あたしは音楽はそんな得意ではないし、ピアノなんて全然弾けないけど、先輩は感情を込めて弾くのが、伝わてきた。
 前奏が終わって、音雲先輩が息を吸い込み、歌を口に出す。

 凄いと思った。
 ピアノが感情的に弾いてるから、合わせるのは難しいのかなと思ったけど、違ったようだ。逆にこれは音雲先輩の歌い方に、朱理さんが合わせていたらしい。
 音雲先輩の歌声が綺麗っていうのもあるけど、声量とか発音とか、どれも素敵だった。


 曲が終わると、あたしは無意識のうちに拍手をしていた。
 ハッとしたら、音雲先輩は少しはにかんでるし、朱理さんは笑みを浮かべている。

「どうだった?」
「素敵でした!!」
「おぉ、それはどうも! まぁ、まだまだ改善するところはあるけどね」

 聞いてくれてありがとう。そう言って朱理さんに頭を撫でられる。
 なんか、身長の所為か撫でられたことがあまりないから、不思議な気分。
 
「あ、そろっと時間じゃない?」
「あ、そうですね。次回らなきゃ」

 あたしが慌ててお礼を述べ、練習室から出ると、先輩から声をかけられた。

「決めるのは、色々と考えなきゃいけないと思うけど、自分がこれだと思ったものは、自信持って決めなね」

 そういう朱理さんの顔は、とても頼もしく見える。きっと、先輩も悩んだ時期もあったし、大変だった時期もあったんだと思う。けど、こうやってあたしに言えるってことは、きっと先輩は…。

「はい!」

 あたしは自分にできる満面の笑みで、大きく返事をした。



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