あの日はもう戻らない


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 ひとつ、昔話をしてみようか。
 昔話といっても、そんなおとぎ話にあるような、冒頭がむかーしむかーしみたいな話ではなく、私のちょっとした昔話だ。

 私は今現在、時羽学園の吹奏楽部長をやっている。初等部、中等部、高等部を合わせれば全校生徒は1000人を裕に超えていると言われているマンモス校。そんなどデカイ学校の部長をやっているのだから、誇りでも有るとは思う。まあでも、各等での人数は平均(私の学年では160人4クラス)だ。でもそういう学校であり、尚且つ過去に成績を残しているとなれば、入部してくる後輩だって多いのは、お分かり頂けるだろうか。誰だって、部活をやりたいのであれば、少しでもレベルの高い学校に入って、上を目指したいでしょ? だから、部活目的て入試を受ける人も少なくはないんだ。まあでも一貫校だから、勇気もいると思うけど。 まあそれで、部活ばっかりやって、成績に難ありと言われる人も、この私を含め数名居る訳ですが、げふんげふん。
 まあ、それは置いといて…。

『部長』

 たくさんの部員を引っ張る人。そりゃあこの学園を牛耳ってるげふん、まとめてる生徒会長様に比べれば少ないものですよ。
 だけど、私からすれば十二分にたくさん居るわけで…(因みに私全部員の名前覚えてるんだよ、凄くない?すみません調子こきました)
 だから、この言葉を背負った瞬間から、少しずつ、惑わされず、弱みは見せず、誰にも屈せず、みんなを導く、吹奏楽という団体の頭となる。そして皆をてっぺんに連れて行くこと。それが私の吹奏楽のする理由。
 
 そのための努力は惜しまなかった。それが誇り。


 私には、ずっと尊敬していた先輩がいた。私と同じトランペットで、一個上の先輩。先輩が3年の時、私たちは全国で金賞を取ることができた。しかし私が中学3年の時に、全国で金賞を逃したとき、先輩は私の隣でくやしそうにしていた。それに合同演奏会を見て、自分の後輩である私たちが悔しい思いをしたと知って、先輩も悔しそうにしていた。来年からはまた一緒に部活をやるからだ。
 時羽学園は実力主義。そんな中、私は出場することができていた。それはとても誇りでもあったし、数少ない私の自慢の一つでもあった。だけど、先輩が悔しそうにしている後ろ姿を見て、

『ああ、私が先輩を支えないといけないんだ』

 そう思った。
 先輩が安心できるように、頑張ろう。胸を張って、堂々と吹けるように頑張ろう。そう思いながら練習を繰り返していた。もう二度と、先輩に悔しい思いをさせたくなかった。勿論、私も悔し涙を流したくない。
 その練習の成果もあってか、高等部に上がったとき、私は大会でソロを任せてもらえた。
 憧れの先輩も頑張れと言ってくれて、嬉しく舞い上がりながら、先輩は悔しさもあっただろうに、一緒に練習してくれた。


 そして、先輩は最後の大会、私が1年生の大会の時。

 この大会は、今になっても、よく夢に見る。


 周りの音。ハーモニーとか皆の息遣い。パーカスの音。皆の真剣な表情、先輩の真っ直ぐな眼差し。私がソロを吹こうとして構え、先生の私を見る視線。そして、






 結果発表の放送と、先輩達の止まらない涙と、鳴り止まない怒号。

 鼻の奥がツンとして、心臓がワシ掴みされたかのように胸が苦しくて、呼吸さえ苦しくて、これ以上ないくらい惨めで、悔しくて、涙が出そうだった。
 でも、先輩達の居る目の前では泣けなくて、真っ直ぐ先輩達の言葉を受け入れた。先輩達の気が済むのなら。

 憧れの先輩は、泣かなかった。あんなに優しく接してくれて先輩が、私が声をかけようとしても気づいてくれない。

 それがとても辛くて、逃げ出したくなって、本当に逃げ出そうとした。

「雀部、お前が部長をやれ」
「な、んで…ですか」

 先輩だって居るじゃないか。
 そう思ってから、先生が私に紙の束を渡す。それを受け取り、目を移せば、そこには『退部届け』という文字があった。
 思わず目を開き、驚いて、手から紙が滑り落ちる。バサバサと紙が落ちて、その落ちた紙の全てに、退部という文字が綴られてあった。そこの数字はほとんどが2年とある。

「これを見てお前はどう思った」
「そ、れは、わ…」

 私が、ミスをしたから。私の所為だから。
 そう言いたくても言えない。言葉が詰まる。

「雀部、お前には期待してるんだ。他の連中が何を言っても気にするな。お前には人を束ねる確かな才がある」

 忘れるな。


 それでも、私が先輩達の努力を無駄にしたのは変わりなくて、気がつくとそのことばかり毎日考えて。私がソロをやったから、先輩はソロを吹けなかったのに。
 私が大会でソロをミスしたから、周りの皆が立ち直れなかった。今まで練習でミスをしてこなかった私を、信頼してくれたのが、余計タチが悪かったのかもしれない。


 先生に言われてから、私は、正直不安とかで気が重かった。まだ部長にはなってはいなかったけど、仕事は任される。
 それでも、せめて任されたからには、惑わされず、ただ私の仕事を、全うしよう。
 そう思うたび、

「重…」

 少しずつ、肩にかかる見えない影が重みを増して、

 重く


 重く


 私を、押さえつける。重さに、押しつぶされる。

「苦しっ…」

 私はどうして、吹奏楽をやっている?

 そう思うところで、夢は、いつもめまぐるしい感情を引き起こして、目頭の奥が熱くなって目を覚ます。
 私が悩んでいたとき、先生は、私は悪くないと言ってくれた。
 直ぐに立ち直らせるように練習させておけば、気力を持たせておけば、あんなことはなかったって。だから、あの結果の本当の敗因は先生の所為だと、私が背負うものじゃないって。頼むから前を向いて欲しいと。それでも、私は私が許せなかった。

 部長になってから、練習のメニューを考えて、それをみんなの前で言うとき、どうしても前を見ることができなかった。
 先輩がいたところが、ぽっかり空いたところを、見たくなかった。1年しか居ないようなところを、見たくなかったから。

 そんなある日、私が放課後残っていたとき、ある会話を窓の外から聞いた。

「吹奏楽の話聞いたか?」
「あー、聞いたよ。2年が辞めたんだろ?」
「アイツ等さ、辞めた理由聞いたら舌打ちすんだよなー怖くね!?」
「超こえぇー!」

 そんな会話を聞いて、先輩達が私のことをどう思ってるかなんて丸分かりだ。
 思わず涙が出そうになる。もう帰ってしまえばいいのに。でも帰りたくはなくて、練習はしたいからまだ帰りたくはなくて。でも、何か音楽室にいるのが嫌になった。
 先輩達と一緒に練習した、この音楽室から。



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