あの日はもう戻らない

 医務室は、あのでっかい屋敷の中、しかも端っこの方にある。誰によって掃除されてのかはわからないけど、床はピッカピカで、歩くたびにキュッキュと音が鳴る。
 これワックスもやってあるよね…ピッカピカ。
 とりあえず医務室についたので、ガラリと扉を開ける。

「失礼しま…」
「良いってば!! そんな大怪我じゃないでしょ!!」
「あはは、朱理ちゃんは面白いことを言うなあ。怪我云々じゃないよ。消毒の時の苦痛に歪む朱理ちゃんを見るのが面白いんだよ」
「こんのゲス野郎!!」

 ハッとして、おなじみの朱理先輩がこっちを見てる。あたしは未だに扉の所だ。
 あたしは、扉の取手にひっかけてた手を逆手にする。

「失礼しました」
「いやあああ! 由希見捨てないでええ!!」
「ははは、酷い言い草」



*****



 暫くして少し落ち着いたのか、朱理さんは端っこのベッドに腰かけていた。相変わらず不貞腐れた顔をだけど。

「それでどうしたの?」
「えっと…」

 あたしはそっと手の甲を見せる。

「ちょっと引っ掻かれちゃって」

 あたしがそう言えば、彼はあたしの手を取って、ふむと顎に手を当てながら怪我を見ていた。

「引っ掻かれたって…これは猫とかじゃあないよね」
「あぁ…まぁ…」

 ワシとは言いにくい…。かるく横に目線をそらしながら、あたしは曖昧に答えれば、彼は小さく息を吐いて、あたしの手を左手で支えながら、手の甲に右手を添える。
 どうしたんだろうと思って見ていれば、手の甲がぽうっと淡く光った。

「え…?」

 あたしがビックリして彼の顔を見れば、彼は集中しているのか、目をつぶっていた。
 そして暫くすると、傷跡も残らず、怪我なんかしてなかったかのように、元に戻っていた。

「凄い…」
「じゃあお金頂戴?」
「えぇ!?」
「紋! 後輩にたかんな!!」

 朱理さんがブンッと振った腕を、彼は後ろからだというのに華麗によけた。まあおかげであたしにヒットしたのだけど。

「グハッ!」
「わあああ! 由希ごめん!」
「後輩になにしてるのさ」
「お前が避けるからだ!!」

 朱理さんは、先ほど紋と呼んでいた彼の襟をつかむ。あたしはヒットした額を手で押さえながら、この光景を目にしていた。
 何か、朱理さんのキャラが違うように見える。
 今まで見てきた朱理さんは四天王と呼ばれていて、ずっと能力を使っているような所しか見てないから、少し大人びて見えたような、そんな雰囲気だった。けれど、ずっとツッコミを入れていたりするところ見ていると、こっちが素なのかな…。

「ん? どうしたの?」
「いえ……あの、先輩? は、時羽の生徒と何ですか?」

 あたしがそう問えば、彼はそうだよと肯定する。

「僕の名前は千束紋。2年生だけど保健委員長やってます。因みに、こちらの朱理ちゃんの幼馴染で親友です」
「嘘つくな!!」

 顔を赤くして千束さんに詰め寄る朱理さん。そうやって赤くなってるということは、完全には否定できないってことなんだろうか。
 あたしがそんな2人を見ていれば、朱理さんは軽く怒りながら部屋を後にした。

「まったく…朱理ちゃんは意地になりやすいんだから」
「あの…幼馴染って本当なんですか?」
「本当だよ?」

 彼はそういうと、医務室の薬品を整理し始めた。

「そういえば君は?」
「あ、あたしは北村由希って言います。今年から時羽に転入して…」
「へえ、僕と同じだね」
「え?」

 彼は薄く笑みを浮かべた。

「僕も君と同じで高1に転入してきたんだ」
「どうしてですか?」
「さっき見たでしょ? 能力が目覚めたからだよ」

 あたしと同じだ…。思わず感動してしまう。なんか仲間ができた気分だ。

「でも、朱理さんは時羽にずっと居ますよね? それで幼馴染なんですか?」
「家はお隣なんだ。幼稚園くらいから知り合ってる。ただ僕は違う学校に通ってただけ。因みに朱理ちゃんと同じ吹奏楽部で、副部長もやってます」

 そうか…。周りから見れば、部活をするために入学したとでもいえば、十分理由に出来るんだ。そう考えると、あたしは入学して部活入ってないからなあ…。

「あ、じゃあ南彩鈴って子を知ってます? 朱理さんの従妹らしいんです」
「南ちゃん?」

 あたしがそう問えば、うーん…と彼は思い出すように、目線を斜め上に向ける。

「いや、聞いたことない。朱理ちゃんからも聞いたことないし」
「そうなんですか…」

 聞いたことくらいはあると思ったんだけど…。

「朱理ちゃんの従妹は見たことないけど、弟なら居るって聞いたよ」
「え、弟いるんですか!?」

 ずっと一人っ子だと思ってた。

「名前とかは聞いてないけどね」

 先輩が言うには、朱理さんは雀部という苗字だが、雀部家の生まれではないらしい。
 元々の朱理さんの苗字は天野。雀部家の分家であったらしく、その雀部家に子供が生まれなかったため、分家でありなおかつ能力が使えた朱理さんが引き取られたらしい。
 その際に弟と別れ、弟は別の家に引き取られ、幼いころの出来事だから、朱理さんも弟が今どうなっているかは分からないということだ。

 そして名門の雀部家に引っ越してきて、そのお隣が千束さんらしい。

「だから一応幼馴染なんだよね」
「そうなんですか…」
「紋ぁぁぁ! 何勝手に人の過去とかバラしてんだ!」
「ごめんごめん」

 朱理さんが勢いよく扉を開き、千束さんの襟をつかむ。千束さんはあははと乾いた笑みを浮かべているけど。

「あ、ではあたしは戻りますね。手当てありがとうございました」
「あ、ちょっとまって由希」
「はい?」

 あたしが帰ろうとすれば、朱理さんがあたしの額に、何かをペチンと音を立てて貼り付けた。
 あたしが小さく痛っ、と手でさすれば、朱理さんは少し目線を横にずらす。

「さっきぶつけちゃったでしょ? だから湿布。ごめんね?」
「いえ! 気にしないでください!」

 あたしがそう言えば、朱理さんは笑みを見せる。

「じゃ、合宿最終日に向けて頑張ってね!」
「はい!」



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