はじまりはじまり

「まずはその先を右」
「はい」

 曲がり角を右に曲がる。

「続いて左、そのまままっすぐ行って、小さな林があるのでそこに入り、5mくらいのところで左へ」

 あっちゃんの指示通りに動く。彼女の言うとおりに動けば、本当にそこに曲がり角があって、林がある。彼女はここら辺の地理を全て把握しているのだろうか。
 …ん? でも、あたしは彼女を抱えていて、彼女はあたしの見る前が見えないはず。それなのに進むべき道がわかるのか…?

 ど、どういうこと?

「由希さん」
「ん?」
「キチンと説明するので、このまま私の指示に従ってください」
「わ、分かった」
「お願いします」

 あっちゃんの言葉に、思わずたじろぎながら、そのまま走る。大分疲れてきたけれど、ここで諦めたらダメな気がする。自分に喝を入れながら、その後もあっちゃんの指示通りに走り続ける。
 それにしても、田舎だなんだ言っていたけれど、本当に人っ子一人いないんだな…。そうだ、人がいればさっきの人も追いかけてこれなくなるんじゃない?

「ダメです」
「え?」

 あたしが思っていたことに反応したのか、あっちゃんは答える。

「……何が、ダメだったの?」
「人がいるところに出てしまっては、周りの人に迷惑になってしまいます」
「そ、そっか」

 じゃあ、走り続けるしかないんだ…。

「すみません、私の所為で」
「え? 何言ってるの? あっちゃんの所為じゃないよ」

 あたしが笑いながら言えば、彼女が首を振ったのがわかる。

「いえ、私の所為です」
「あーもう! 例え、あっちゃんの所為だとしてもっ! あたしは、あっちゃんの事、責めたりしないから!」

 大分息が切れてきて、途切れ途切れだけれど答えれば、彼女はほのかに笑った。私もつられて笑った瞬間、足元が悪かったのか、足を滑らせ、前のめりになる。

「あっ!」

 ヤバイ、このままじゃ、あっちゃんまで怪我をしてしまう。駄目だ、それだけは。折角仲良くなれた子を怪我させたくない。

 あたしは、あっちゃんを脇から前に抱え込み、そのまま私の背中から衝撃が来るように転がろうとする。大丈夫、こうすればキッと怪我をしない。そう思っていると、何事もなかったかのように一回転し、うまく着地した。

 ……ん?

 あっちゃんを抱えたまま、あたしは立ち尽くす。あ、あれ? さっき怪我を覚悟でいたんだけれど、何でこうあたしもあっちゃんも無事なの? いや、あっちゃんが無事なのは嬉しいんだけれどさ。

「ど、どういう事…?」

 あたしが目を開いていれば、あっちゃんがあたしの腕から降り、そしてさっきまであたし達が走ってきた方を見る。
 あたしもつられてみれば、そこには追いかけてきていた男が。

 思わずあっちゃんの前に出て、彼女をかばうように腕を広げる。

「何の用なんですか! 彼女は貴方を見てあたしに逃げるように言いました。貴方は彼女に何をする気なんですか!」

 あたしが軽くガタガタ震えていれば、男は一歩一歩と近づいてくる。
 きっと睨みつければ、あっちゃんが腕を引っ張る。逃げろとか、そういうことなのかもしれない、けれど、逃げたらあっちゃんに何かあるかもしれない。それは嫌だ。

 もう一度男を睨みつければ、男はあろう事か果物ナイフを出してきてあたしに向かってきたのだ。何なのよコイツは! 犯罪者か何かなわけ!?
 あたしは虚しくも目をギュッと閉じる。あぁ、もう、引っ越してきた日に大怪我負うとか、そんなのシャレにならないよ全く。



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