笑えないし泣けないし
あたしの腕を掴んでいたのは武関君で、彼が指をパチンと鳴らせば、あたしの周りに水の渦ができて、そのまま上に舞い上がった。
そして地面に足がつくと、武関君が手を離す。
「た、助かった〜っ!」
へなへなと足の力が抜け、その場に膝をつく。
そんなあたしの様子を見て、武関君は小さく溜息を吐く。
「あ、ありがとう」
「いや、大丈夫。気にしないで」
顔を上げてお礼を述べれば、そんな彼の隣には竜峰君も居た。二人で参加してたんだ。
そんな小さく笑みを浮かべる彼は、学校でのあの表情がウソだったかのようだ。SBの時は、本当に怖い表情だったけど、今は人当たりのいい笑みを浮かべている。
まぁ竜峰君は無表情だけど。
「それより、さっきのアレって何…?」
「あぁ、お前は初めてだったな」
そう言って、二人はさっきまであたし達が歩いてきた方を向く。それにつられてそちらを向けば、ぎゃああああ! と悲鳴が響いた。
それにあたしが驚いていれば、直ぐに人がボヨンと天井近くまではねていた。説明しようとすれば、こう…バンジージャンプの帰ってくるような感じ?
あたしが驚きで声も出ないでいると、武関君は口を開く。
「あれは、この合宿に来る人たちを調べているんだ」
「え…?」
「動体視力、運動神経etc...」
え、それでさっきのに見事引っかかったあたしは…?
「多分、お前は悪運が強いと書かれただろうな」
「わぉ…」
「さて、さっき君は出口だと思って走ったと思うけど、あれはただのトラップ。出口はまだ先だよ」
そう言って武関くんが指さした所には、ただの電球があって、確かに出口ではないことがわかる。
う…きっとこれも書かれたんだろうな…。さっそく合宿が嫌になってきた。
武関君とそんな会話を交わして、軽く涙目になりながら、ようやく通路に足を踏み出す。
薄暗い通路は、一本道だけれど視界が悪い。でも、だんだんと視界は慣れてきたきがする。
並んで歩いていたのだけれど、
「…武関君、大丈夫?」
さっきの通路の明かりが少なくなってきた頃から、武関君の足元が覚束ない感じになっていて、あたしは思わず武関君に訊ねてしまった。
よたよた、というかふらふらと左右にブレて歩いている武関君は、困った顔で言う。
「あぁ、暗いところは少し苦手でね…」
「トリ目?」
武関君の答えあたしが言えば、武関君は軽く苦笑いを浮かべたので、あたしはああなるほどと納得した。
あたしは慣れれば何とかなるから、武関君の視界が今どういう状況なのかよくわからないけれど、とりあえず大変なのだろうという事だけは理解できた。
「でも、朱理の方が酷いんだよ」
「朱理先輩? トリ目なんだ」
「うん。夕方あたりから段々と怪しくなってくる」
それは重症だな…。なんて思いながら、歩いていく。てか、武関君ため口だったよね。え、この人何者…。
「あ、でもさっき武関君あたしを助けてくれたよね」
「あれは、感覚で」
「すごっ!!!」
第六感というやつだろうか…。すごいなぁ…。
なんてゆっくりと歩きながら、しばらくすると通路を抜けて控え室に着いた。どうやらあたし達が最後だったようで、入室してすぐに4日間のタイムテーブルの説明が始まった。
1日目は体力作り。
2日目は戦闘訓練として、覚醒して間もない者は基礎トレ、それ以外の者は2人1組で組手や模擬戦。
3日目は英気を養うための自由時間
4日目はおなじみSBを行うらしい。
最初に準備運動ということで、クジでペア決めをする。ついでに言うと、このペアは合宿中で二人一組になるときは、ずっと同じ人になるらしい。
あたしの引いた番号は4。4の人誰だろうとキョロキョロしていれば、肩を軽く叩かれた。
「ね、君4番?」
「あ、はい」
あたしに声をかけてきた人は男性で、彼の手の紙には4という数字が書かれてあった。
「あ、じゃあペアですね」
「うん。よろしくね」
男性はニコリと笑みを浮かべて、あたしと握手をする。
黒に近い焦げ茶色の髪で、左目が髪の毛が長い所為か、隠れていた。
「あ、あたし北村由希って言います」
「ありがとう。オレは…」
男性が名乗ろうとしたとき、丁度始めてください、と指示が出たので中断した。
「それでは」
「お、お願いします」
ペコリとお互い頭を下げる。
どこからか、合コンか、とツッコミされた。
「そういえば、北村さんは時羽の生徒?」
柔軟体操をしている最中、相手から飛んできたそんな疑問。
両足を開いて床に座り、背を押されてお腹からベッタリと床にくっつくようにして前屈をした状態のまま、私はできる限り顔を横に向けて相手を視界に入れようと試みる。
そういえば、あたし体少し硬かったんだけど、すごい柔らかくなったんだよね。ってどうでもいいね。
「うん、そうだよ」
「そっか。じゃあオレと今までにオレと会ったことあるのかな?」
案の定首だけで後ろを向くには限界があって、視界に捉えることは出来なかったけれど、横を向いた変な体勢のままで答えれば、再び質問が飛んでくる。
背中から離れた体温に体を起こして、今度は右手で左足の爪先を掴むように体を倒しながら、頷いた。
「うーん…分からない…」
「そっかー…」
「ごめんね。転校してまだ日が浅くて」
申し訳なさげに声を上げると、彼は苦笑して、気にしないでと言う。
「これから知っていけばいいんだからさ」
「うん、そうだね…」
あたしが少し感動していれば、ぼそっと相手がつぶやいた。
「ていうか、君。柔らかすぎ、逆にキモい」
「え、なにそれ酷い」
ちょっと感動してたのに、すぐに真顔でそんな事を言ってぶち壊されてしまった。
キモいなんて酷いです。てか頑張った結果がこれね。泣くよ。
股割りできるの? なんて訊かれたから、できるよと言って披露したらやっぱりキモいと言って笑われたので、次ペアを組むときはイタズラしてやろうかと密かに思った私だった。
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