はじまりはじまり

「ところで、何かお困りなんですか?」
「え?」

 女の子の言葉に、思わず笑顔のまま固まった。え、お腹すいたってバレた?
 いやいや、目の前でため息を吐いている人がいれば、誰だって思うか。そ、そうだよね。うん。

「あ、あはは。お昼なんだけどまだ食べてなくて、お腹すいちゃって…」

 あたしが苦笑いを浮かべながら言えば、彼女はふわりと笑みを見せた。その優しげな笑みに、思わず見惚れてしまった…って、おっと。
 も、もしかして呆れられちゃったかな…。初対面の相手なのに、お腹すいただなんて…。あたしがずんと沈んでいれば、彼女はあたしの手をとる。

「でしたら、ご一緒しませんか? 私もまだ、お昼はとっていないので」
「え…? 良いんですか?」
「えぇ」

 て、天使…! 思わず涙が出そうだったけれど、それをぐっと堪える。

「ぜ、是非!」

 あたしは彼女の手を握り返し、ぶんぶんと大きく縦に振った。

「私、南 彩鈴って言います」
「あたしは北村 由希です。宜しくね、南ちゃん」

 彩鈴ちゃんだって…! 可愛い名前。是非名前で呼んでみたいけれど、いきなりはやっぱり失礼だよね…。 

「苗字でなくて良いですよ。是非、名前で呼んでください」
「え、え…? 良いの…?」
「えぇ」

 またもや心読まれた!? ってそんな訳ないか。

「じゃ、じゃあ、あっちゃん…なんて駄目かな…?」

 あたしがドキドキしながら言えば、彼女は面食らったような表情をする。や、やっぱり変かな、嫌だったかな…。あたしって名前の漢字一文字目とかあだ名で呼ぶ癖があるんだけれど…。彩鈴でアリは言いにくいから、あっちゃんにしたんだけれど、やっぱり変だったかな。

 あたしが冷や汗だらだら流していると、彼女はさっきと同じような笑みを見せてくれた。

「はい、宜しくお願いします。由希さん」

 な、名前を呼んでくれた!
 か、感動した…! こんなに優しい人に会えて、あたしって幸せ者じゃない…?
 緩みきった笑みで彼女の隣を歩く。最初にここを歩いた時の憂鬱はどこへやら。すっかり気分は右肩上がり、急上昇だ。傍から見れば不審者かもしれないけれど、スルーでお願いしたい。

「ところで、由希さん……」
「え? どうかした?」

 あっちゃんが急に言葉を止めたので、思わず彼女の方へ視線が行く。そんな彼女の視線は前に注がれたままだ。自然とあたしも視線を前の方へ動かす。
 目の前には人が立っていた。どうしたのかな。知り合い? あたしがそう聞くも、彼女はウンともスンとも答えない。本当にどうしたのかな。
 あたしの頭に疑問符が浮かびまくっていれば、急に彼女に腕を掴まれた。

 …え? え?

 驚いたと同時に、グンと引っ張られ、そのまま走り出す。

 ええぇぇ!!??


「あ、あっちゃん!? どうしたの!?」
「後で説明します。とにかく今は走ってください。」
「で、でも…」

 さっきの人に失礼なんじゃないかな…? そう思って振り返れば、ギョッと目が開いた。さっきの人は全速力であたし達を追いかけていたのだ。しかも、さっきは全然気にしていなかったが、今見るとかなり不審な格好をしている。黒いコートに黒いサングラス、それに帽子という、黒尽くめのいかにも不審者です、と言った様な風姿。何だあの人!
 あたしが目を開きながら、軽く引いたような表情をしていれば、あっちゃんは相変わらず走りっぱなしだ。大丈夫なのかな、体力的に…。

 あたしが思ったと同時に、彼女が転びそうになる。あたしは慌てて抱きとめ、そのまま抱えながら走る。体力には自信はあるし、足にも自信はある。

「ゆ、由希さん!?」
「大丈夫! あたし運動神経には自信があるの!」

 あたしが笑みを見せれば、彼女はふわりと笑みを見せてくれる。それに少し安心し、そのまま走る。
 チラリと後ろを見るけれど、相変わらず追いかけてくる。向こうの方が体力や足、すべてが有利なはずなのに、それを見せない。不気味だ。
 あたしの顔が青くなるのが分かると、あっちゃんはぼそりと口を開く。

「由希さん。私の言う通りに走って下さいいますか?」
「え、あぁ分かった!」

 ぶっちゃけここの地理は詳しくないし、助かる。
 あたしが答えれば、彼女はお礼を言ってから指示を出す。



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