あでやかな紅に爪を染め
あたしは慌てて会長に駆け寄る。壁には夥しい量の血潮が吹き付けられたようにこべり付き、床には血だまりを作っている。
今までに体験したことのない匂いと、その光景に思わず胃のものがこみ上げてくるような感覚だ。
けど、それをなんとか堪えて、会長の隣に膝を下ろす。パシャリと音がするけれど、気にしてられない。
姿を見たことによって、その姿に絶句する羽目になる。
会長の服は切り裂かれており、その隙間からは生々しい傷口が顔を覗かせている。
そしてその傷口からは夥しい量の血液。
こんな出来事なんて、この学校で起きるものなのか…。SBで戦ってても、こんなひどいことになるはずがない…。なんで会長がこんな目に…。
あたしが言葉を失っていると、途端に目の前で会長が苦しみだす。
「か、会長! しっかりしてください!」
とりあえず、この傷をどうにかしなきゃ…! あぁ、正しい止血方法とか学ぶべきだったかもしれない。今更かもしれないけれど。
周りを見渡しても、布とかそういうのは見当たらない。ハンカチを持っていたからそれを取り出して、傷口に押し当てる。けど、それはすぐさま真っ赤に染まっていく。
それを見て、あたしは迷わずに自身が来ているYシャツを脱いだ。夏服だからカーデイガンは来ていない。そのYシャツを使って傷口を上から抑え止血を試みる。
どんどん赤く染まるあたしの手に焦りが見えた。
「早く、早く目を覚ましてください…!」
あたしが蚊の泣くような大きさで呟く。
「ん…」
微かに呟かれた声にあたしは跳ね上がった。
「会長!?」
「き、たむら…ちゃん…?」
あたしが首を縦に振れば、彼は力無く笑った。そして、虚ろな瞳でこちらを見る。
「あ、ごめ……こんな姿……」
「いえ、大丈夫ですから…!」
今は喋っちゃダメだ。
そう言おうとした瞬間。
彼はハッと急に目を開いた。
「ちょっ! 北村ちゃんなんて格好してるの!!」
「は、はあ!?」
彼は急に叫んで自身の手で顔を覆うようにして、視界を塞ぐようにした。
「女の子でしょ! 男の前でそんな格好しちゃダメだよ!」
「え、あ、すみませ……」
そうだ、あたしはYシャツの下にキャミとかTシャツ着る派ではないわけだから、今上半身は下着だけなわけで……。
って、ちょっと待て!
「な、なんで会長そんなピンピンしてるんですか!!」
「そんなことないよーヤバイヤバイチョーイターイ」
「棒読みもいいところだな!!」
顔を自身の手で覆い隠しながら、棒読みでそう言われる。
な、何なんだこの人…。
あんな大怪我で、大出血で、さっきまで意識もなくて…。現に、今現在もあたしと会長の周りには赤い湖があるわけで…。
てか、普通こんな出血したら人間て死ぬもんじゃないのか…!? そんな出血で、この人はなんでこんなピンピンしてるんだ…!?
あたしが呆然と、頭が働かない中で突っ立っていれば、彼はチラリと手の隙間からこちらを見る。
そして、未だにこの格好のあたしを見たのか、はあああと深い溜息を吐いた。
「ボクだから良かったけど、これが他の人だったら北村ちゃん襲ってくださいって言ってるもんだよ…?」
「……そんな冗談も言えるほど元気なんですね」
「元気じゃないし。あー体痛いなあ怠いなあやってられないよ全く…」
彼は顔から手をどかして、あろうことか自身で身体を起き上がらせた。
彼は面倒くさいというような表情で、自身の後ろ頭をポリポリと掻く。
「げっ、髪の毛固まってるし最悪……」
彼はそのまま、さっきまで抑えていたものがズリ落ちたのだろう。あたしのハンカチとYシャツが乗っている彼の腹を見ていた。
「あー……ごめん。だからYシャツが……」
「いえ、無事なら何よりなんですけど…」
彼は少し眉間に皺を寄せた。
なんだろう。なにか気に障るようなことでも言っただろうか。
けれど、その表情は一瞬で、彼は大怪我してる人なのかと疑うくらいに、すくっと軽快に立ち上がった。
「ちょっ! だ、ダメですよ急に立っちゃ!」
「んー…。ははっ、実は大丈夫なんだなーこれが」
彼は立ち上がると、あたしのYシャツとハンカチを片手に持って、パチンと指を鳴らした。
すると、その2つは一瞬で真っ赤なものから元通りになっていた。
「えっ…!」
「はい。本当にありがとう。北村ちゃんに見つけてもらえてなきゃ、流石に危なかった」
「いや、その、よかったです…?」
なんで疑問形なの。と笑われながら、早く着なよ、と言われたのでYシャツを着る。
今思えば、緊急だったとは言え、会長さんに恥ずかしい姿を見せてしまった…。申し訳ない……。
彼は、あたしが着たのを確認すると、自身の血液の方へ体を向けた。
「ったく本当にもうさ…。なんて事をしてくれたんだか…」
「え?」
「ううん。こっちの話」
彼は再びパチンと指を鳴らせば、その血液はまるで意思を持っているかのように動き始めた。まるで水憐先輩や武関君が水を操るかのようにだ。
そして彼が指をクイッと曲げれば、その血液は彼の方に向かっていく。彼はそれを完全に受け入れ、まるで吸い込まれるかのように、彼の体に消えた。
「え、え…」
「あ、ごめん…ショッキングな感じだったよね…」
「あ、その…えっと、大丈夫なんですか…?」
「あ、血液!? 大丈夫だよ! 外で床にビシャーってなったけど、入る前には消毒されてるから! 画期的でしょ!」
聞いてない事を答えられた。
いや、違うんだ。あたしが聞きたいのはそうじゃない。
「会長自身が大丈夫かって、聞いてるんです」
あたしが真剣に聞けば、彼は一瞬驚いた表情になってから。そっか、そうか…。と呟いてから、ニコリと笑みを浮かべた。
「ボクなら大丈夫だよ。本当にありがとね」
「……」
「あ、その目疑ってる? なんなら調べる?」
そう言って、彼は自身の体を見せようとする。
「い、いいですいいです!」
「さっきまで気にしてなかったくせに…」
「それは緊急だったからです!」
彼は笑いながら、まるで魔法を使うかのように、ひょいひょいと指を動かす。すると、壁とか少しボロボロになってたり、ぐちゃぐちゃになってたり、汚れてしまっているところが綺麗になっていく。
なんだろう。ディ●ニーの映画に、こんな感じでファンタジックなネズミのがあったような気がする。ほら、不思議な帽子のやつ。
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