転がり落ちる






――――ガタガタンッ!!!




 ものすごい大きな音を立てて、あたしは椅子から転げ落ちた。

「え、あ、は…?」
「北村……」

 上の方から、軽くドスの利いた声が聞こえる。ゆっくりと、そろそろと首を上に向ける。
 そこには、あたしを見下ろす草眞先生。

「随分と騒がしい目覚め方だな…?」
「はっ!? す、すみません!?」

 ドッとクラスで笑いが起きる。
 あたしは急いで立ち上がって、椅子を起き上がらせ、軽く体を小さくさせながら席に座った。
 そうだ……授業中だった……。あたし、教卓の真ん前の一番前の席なのに。それも、草眞先生の数学の授業…。死んだ……。

 未だに笑い声が聞こえる教室で、草眞先生が呆れたようにため息を吐いて、口を開く。

「体育祭が終わってまだ疲れ残ってるのか?」
「いえ、そういうわけじゃ…」
「じゃあ起きてろ」
「はい、すみません……」

 残ってるわけがない。

 体育祭が終わって、早くも数週間が経っていた。
 もう少しで7月なのに、未だに梅雨が明けずに、雨がしとしとと降っている。湿気のせいであたしの髪の毛も、いつもより増量されてる気分だ。
 早く夏になってもらえないものか……。

 さっきまでの夢のこともあって、まだボーッとした頭の中、ふと外を見てみる。

 体育祭から数週間ということは、光鈴事件(この際ネーミングセンスに関する反論は受け付けない)からも数週間ということだ。
 あの日以来、光鈴と出会うこともなく、普通に日常的な毎日を過ごしている。まぁ、SBがある時点で、普通…ではないのだろうけど。



「彩鈴、オレは、奪われたものを取り戻す。その為に来た…」
「愛してるよ、オレの大切な妹」



 妹、か……。
 家族だなんて、あの二人が家族とは思えない…とは言い切れないだよなぁ。あの似てる容姿。ゆう君が思わずドッペルゲンガーだなんて叫んだくらいだし。
 歳も近く感じだから…。もしかしたら双子ってやつなのかもしれないなあ…。

 身近な双子といえば、火燐先輩と水憐先輩の二人。あの二人もとてもよく似ている。
 あの二人なら、光鈴の目的もわかるのかな…。あたしには兄弟なんていないから、どういう思いを持つかなんて分からない。
 皆のことなんてわからない。

 先生に注意されたばかりなのに、全然授業に集中することができずに、数学の授業が終わった。


「由希さん」

 後ろから声をかけられて、振り返ればそこにいたのはあっちゃんだ。

「どうしたの?」
「……それは、こちらのセリフでもあるのですが……」

 先程の授業…。
 あっちゃんがそう呟くと、一気に恥ずかしさがやって来る。

「ごめ……少し恥ずかしい……」
「あ、すみません……ですが、あんな風に目を覚ますなんて」

 どんな夢だったんですか?

 あちゃんにそう聞かれて、ふっと夢の内容を思い出す。

「なんか、一面浅瀬みたいな空間に立ってて…」

 そこから水の方を覗き込んでいれば、一気に闇があたしを引きずり込もうとしてきたこと。必死に拒絶しようとしても、それはあたしを逃がそうとしなかったこと。
 最終的には、浅瀬だと思っていたのに、深い水の中に引っ張られ、闇があたしを取り込もうとした。

「なんかもう…怖かったよ……」
「そうだったのですか…」

 思い出させてすみません。と、あっちゃんが謝るが、あたしはそれを気にしないように言う。
 あっちゃんは少し悩んでから、口を開いた。

「予知夢、みたいなものでしょうか…」
「予知夢?」
「はい。異能者は、たまにそのような夢を見るんです」

 もちろん夢の内容そのものが実際に起こる、というわけではない。
 その夢の中での最も重要な部分。それが大事なんだそうだ。

「これから能力が目覚める、など。見る理由は人様々ですが、その夢の後に能力に関わることが起こると言われています」
「そう、なんだ……」

 今回の夢の中で、一番重要……と、言われるとしたら。

「闇……」

 なのだろうか…。
 うわあ、一気に中2臭くなったぞ。

「由希さんは、もう能力が使えていますから、能力が目覚める…という、わけではないとは思うのですが…」
「うーん、分からないことだらけだ…」

 もうこの学校に入って3ヶ月…。もう少しで夏休みという時期。
 この時期になてまで、まだ全然能力のことがわからない。
 うううう、どうすればいいんだろう…!

 あたしが思わず頭を悩ませていれば、再び後ろから声が聞こえた。

「それなら」

 振り返ると、そこに居たのはゆう君とげん君……それ、と……。

「この人が詳しいと思うな」

 ゆう君が笑顔で手を指す人物。服装は時羽の制服じゃない…。

「誰だろう…」
「えっとね、この人は…」

 ゆう君が紹介する前に、その人が口を開いた。

「朝日実です! 普段はグレアで暮らしてます」

 ニコッと笑みを浮かべるか……のじょ?

「あ、俺男だからね」

 彼でした。


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