うやむやにしたのは君だった
由希達が居なくなったあと、黄蘭はため息を吐き、保健室の鍵を閉めた。
「なんで今のタイミングで来るかなー…」
黄蘭が呟くと同時に、保健室の窓が開いた。
「ふん、いつ来ようがオレの勝手だろう」
「こっちが困るんだよね」
黄蘭は振り向くと、窓の方に立っている相手と向き合った。
「どうやら、ボクの大切な子達に、危ない目に合わせてくれたみたいで?」
「さあ、なんのことだか」
「ボケないでくれる? そんなボケ望んでないんだ」
やれやれ、と相手は肩をすくむ。
「確かに、ツッコミ役のオレがいなくなったんじゃあ、収集がつかなくなっちまうもんな」
「そう言う意味じゃない」
相手はさっきまでのおちゃらけた態度とは打って変わり、まるで射殺すかのような、鋭い目つきに変わる。
「お前の質問に答えるとしたら、このタイミングがベストだと思ったからだ」
「どう言う意味?」
「ふん。俺から全てを奪った、お前には分からないだろうな」
「人聞きの悪い…。ボクは今までの自分の選択が間違ったとは思ったことない」
「何言ってんだ。間違ったから、その形(なり)なんだろうが」
その言葉に、一瞬黄蘭はポカンとした表情になるが、直ぐに怒りの表情へと変わる。
「黙れよ。ボクの苦労も知らないくせに」
「知りたくもないね」
「ボクは守りたいものがあるんだ。その守りたいものが危険な目に遭うというのなら、それはボクが守りぬく」
守れてねえくせに。そういって彼は嘲笑う。
その表情に黄蘭は余計に苛立ちを感じるが、そこはぐっとこらえた。
「それで、何の用だ」
時羽学園に危害を与えるというやつは、遠慮なしに叩き潰す。
それが生徒会長としての、黄蘭の仕事でもあった。
この学園は高い壁が、校舎を守るように建っている。それは異能者を狙う奴らから、学校や生徒を守るためのもの。
その壁を許可なしに超えたものは、黄蘭は許さない。
「この学校の壁。意味なしてねえんじゃないか?」
「なに?」
「今日の体育祭…。何人入り込んだと思ってる…?」
黄蘭の目が開かる。しかし相手は対照的に嘲笑の表情だ。
「……何人って……。そんな……」
「オレを除いても、結構いるぞ?」
「嘘だ!」
「嘘じゃねえ。現に、お前のさっき言っていたこの学園の全生徒。全員が本当の生徒だと思ってるのか…?」
相手の言葉に、黄蘭は絶望的な表情になる。
「まさか……」
「お前力弱くなったんじゃねえ? ザマあねえな」
「黙れ!」
黄蘭が思いっきり腕を横に振れば、鋭利な風が、相手に向かう。
横に一閃された風は、保健室の中にあった薬品をも切りつける。部屋には薬品の匂いが充満した。
しかし、その攻撃を当てようとした相手は、それを見越していたのか避けきっていた。
「そろそろ限界なんじゃないか? この学園も、お前も…」
「そんなことない…。この学校も、皆もボクが守ってみせるんだからね」
黄蘭の言葉に、相手はフッと笑みを浮かべて窓を開け、そこに足をかけた。
「ま、その言葉が本当かどうか、見物させてもらうぜ」
「さっさとどっかいけ」
「ふん。これから先、何が起きてもいいように身構えておくんだな」
相手はそう言い残すと、窓から外に出て行った。
黄蘭は窓に近づき、相手がいなくなった方向を眺める。しかし、そこにはもはや誰もいない。
「光鈴……一回くたばっとけ」
そう呟き振り向けば、そこには薬品が散らばり、汚くなった保健室。
少し暴れてしまった保健室を、元に戻さねばならないことに、軽く頭を抱えた。
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