こんぺいとうのなみだ

 漸くあたしを向いた顔は、にたりと口角を吊り上げ狂気じみた笑みを湛えていた。
 掴まれていた腕を反射的に力強く振り払って、あたしは咄嗟に踵を返して走り出そうとする。
 けれど、僅かに振り返った瞬間、あたしは動きを止めた。

 目の前には、さっきまでなかった壁があった。

「なんで!!」

 あたしは混乱したまま、壁を何度も何度も叩きつける。全然ビクともしない…!!

「目って便利だよな」

 後ろから、砕けた口調で、そう言葉が聞こえる。後ろにいるのはあっちゃんに似たナニカ。あたしは振り向くのも怖くて、振り向けないでいた。
 はやく、この壁を壊さなきゃ…!
 恐怖から逃げたくてしょうがなくて、何度も何度も叩く。

「目に見えるものを操れば、大概は何とかなる。そこに見えているものが全てなのさ」

 おい、もう止めていいぞ。

 その言葉を、どこかにそう言い放つ。

「んっ…! よし、戻ったな」

 完全に違う声色で、真後ろから声がする。

 なに…さっきの言葉を別の方向に言ったってことは、相手はアイツだけじゃない…? 別の仲間がいるってこと…?

 今までに一度も味わったことのない恐怖が、あたしの思考と動きを止めてしまう。

 そして、相手の手があたしの肩を掴む。そこでハッとして、再び手を払おうとしても、相手がそれを許さない。


――ダンッ!!

 その音と共に衝撃が来た。強い力で壁に押さえつけられたのだ。
 首に熱が感じられる。あたしより大きい手の5本の指が締め付けてきた。

「うっ…!」
「動くな」

 あたしが相手の手首に両手を当ててみても、全く歯が立たない。
 相手を睨みつければ、相手は少し驚いた後、私の肩を押してきた。その瞬間頭が地面に頭が直撃する。

「いっ…!」

 あたしがそう思ってる間に、相手は仰向けになった私の上にまたがると、片手であたしの両腕を押さえ込んだ。しかも首元の手も離さずに。
 そして両足で腰を挟み、締め付けてくる。
 軽くクラクラした思考と視界の中で、相手はあたしを見続けている。

「あまり手荒な真似は、したくないんだがな」

 どの口が言っているのか…! 思わずカチンと頭にきた。しかし、今手を離せば、もっと首が絞まるのだろうかと思うと、手が出せないでいた。
 そんなあたしを見ながら、相手は口を開く。

「そうだ。お前、この姿を覚えているか?」
「え、」

 驚くのも束の間。そう言った瞬間、姿が一変した。
 先日、帰り道に出会った、髪の毛の長いあっちゃんそっくりの姿。その姿に、思わず目が開かれた。
 けれど、喉にかかる力はそのままで、あっちゃんと同じ赤い瞳が、あたしを見てくる。

「中々のものだろう?」

 相手は、首元の手を一旦離してから、長い髪の毛を片手で払った。広がる髪の毛が戻ると同時に、あたしに顔を近づける。

「けど、これがオレの本当の姿ではないんだ」

 ニッと相手が笑うと、今度は本当の姿であろう、容姿が変わった。

 その姿を見て、思わず目を開く。

 髪色と瞳は変わらないが、髪は軽い癖っ毛で、服装は軽く旅人をイメージさせる、コートを羽織っていた。
 このコートはなかったとは言え、その姿は見覚えがあった…。

「き、今日の…!」
「だから言っただろ? 今日の体育祭の話…。わかって当然だ。俺だったんだからな」

 納得がいった。そういうことだったのか…。

「どうだ? 彩鈴とそっくりじゃないか?」

 相手の言葉に賛同することしかできなかった。
 目つきはあっちゃんに比べればキツイ。けれど髪色や瞳の色、彼女の特色がそのままの姿は、そっくりとしか言い様がなかった。
 だから、あの時似てると思ったんだ…。
 なんて、悩んでる暇なんてなかった。

「オレは、本当は彩鈴を迎えに来たんだ。けど、周りのやつらが邪魔だったものでね…」

 ゾクリと背筋が凍る。絶望と焦燥に駆られるあたしに、彼は話を続ける。

「ずっと隣にいた奴が居なくなったら、彩鈴はどうなるだろうなあ…」

 そう思って、まずはお前を選んだんだ。
 そう言われても全然嬉しくない。

「ずっとずっと、このチャンスを待っていた」

 相手の周囲からぶわりと湧き上がる、闇色。

「もうお前は逃げられない」

 あっちゃんに似た「ナニカ」がそう発した瞬間、湧き上がった闇が相手とあたしを包み込む。
 そしてあっちゃんに似た「ナニカ」は、無邪気で邪悪な声で、言った。

「これでもう、どんなに近くにいても…誰も、お前に気付かない」

 此奴は、誰…。

 あたしを捉えている手が喉を圧迫しているせいで、声が出せない。そう問いたくても聞けない。
 あたしが軽く相手を睨めば、相手の口角が上がったのが分かる。

「そうだ、自己紹介していなかったな。オレの名前は午南 光鈴(ごなみ みすず)だ」

 光鈴と名乗った相手は、首にかけていたネクタイを外す。そのネクタイは、一瞬光ったかと思えば、一瞬で日本刀へと姿を変えた。
 その様子に、目が開かれる。今の何…。

 驚くのは一瞬で、光鈴はその刀をあたしの首の真横に突き刺した。そして、それを横にスライドさせれば、軽く痛みが走る。
 きっと、少し切れたんだと思う。けれど、それはつまり本物、ということで。これを思いっきり横にずらせば、あたしは首を切られて死ぬわけだ。

 それはもう、あたしの終わりを告げているような、そのように思わせてしまう。



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