こんぺいとうのなみだ

 少し様子のおかしいあっちゃんを追って学校を出たあたしは、何も言わずにただ前を歩くあっちゃんについて足を動かしていた。場所もわからないけど、今さら一人で歩くと迷うだろうし、だったらあっちゃんについてった方が良いかなーって…。
 先程まで昼間の明るさだった空は、いつの間にか茜色に川べりの遊歩道を染め上げている。
 前を歩くあっちゃんの赴くままについて来たけれど、家とは逆の方向に来てしまっていた。
 あっちゃんの不可解な様子も気になるし、あたしは意を決して口を開く。

「ねぇあっちゃん、どうしたの? もしかして、具合が悪いとか――」
「由希さん」

 あたしが言葉を紡ぎきる前に、あっちゃんはそれを遮るようにあたしの名前を呼び、ぴたりとその足を止めた。
 それに合わせて足を止めたあたしを、彼女は振り返る。

「日が、暮れますね」

 真っ赤に燃える夕陽を背に、あっちゃんがぽつりと呟いた。

「そう、だね…」

 ざあ、と、梅雨から真夏に代わる、生暖かいような冷たいような風が、あっちゃんとあたしの間を通り抜ける。前に出たあたしの髪を、耳にかける。

「由希さんは、私の能力、ご存知ですよね?」

 ざわりざわりと、風に撫でられた街路樹が鳴く。
 その音の中でも凛と通るあっちゃんの問いに、あたしは靡いて少し顔にかかる髪を抑えながら考えた。

「も、勿論…。どうしたの? 急に」

 あっちゃんの背の向こうで、朱焼けを創る太陽がじわりじわりと沈んでゆく。徐々に広がる夕闇を少しでも照らそうと、ぱらりぱらりと街灯が灯り始める。
 何かがつっかえているかのように、声がうまく出せない。
 酷く掠れた声で何とかそう返したあたしに、あっちゃんはそう、と小さく頷いた。

 風に攫われて、あっちゃんの髪がふわりと踊る。
 少しずつ薄れていく陽光の中、ささやかな光源となっていた街灯のひとつが、電球の寿命なのか音もなく消えた。

「1972年に日科技連出版社から出版され、教育機器編集委員会が共著である『産業教育機器システム便覧』によると、五感による知覚の割合は視覚器官が83%、聴覚が11%、臭覚3.5%、触覚1.5%、最後の味覚が1.0%、であるとしています」

 さっきまで半分くらいはあった太陽が、もう残り5分の1程までに地平線に飲まれてしまっている。
 あっちゃんの声が、酷く無機質な何かが発する音のように聞こえる。
 そういえば、あっちゃんの声はこんな声色だっただろうか。さっきまで普通に聞いていたのに、急に変に声が変わったように思えた。

「ねえ、由希さん」
「うん……」
「今日の体育祭、由希さんは私とそっくりな人と、借り者競争でゴールしましたよね」
「あー、そう…だ、ね……」

 待って。なんで彼女はこのことを知っているの?

 あの時、確かにあたしはあっちゃんとそっくりな男性と、その彼女さんと一緒にゴールをした。その彼の見た目に関して、あたしとげん君とゆう君は少し討論をしていた。
 けれど、彼女は……。



『すみません、私逃げるの必死で見ていなくて…』



 そう、言っていなかったか…?

 それに、あたしは彼女に、あっちゃんにそっくりな人だったとも言っていない。周りに聞くとしても、あたしは周りにもそのことを言っていない。
 つまり、何が言いたいのかといえば…。

 あっちゃんはその事実を知っているわけがないのだ。

 
 ぞわりと、背筋が冷たくなってきた。

「なんで、そのこと…」
「だって、その通りですから…」

 さっきまで全然近づかなかった、相手との距離が、向こうがこっちに歩いてくることにより縮まる。
 けれど怖くなって、今度はあたしが離れてしまう。
 しかし、相手がそれを許さなかった。
 がっ、と唐突に腕を掴まれ、心臓が跳ね上がる。
 あっちゃんの華奢な指が、ぎりぎりと腕に食い込んでくる。

「、あっちゃん…っ?」

 まさか、まさか。
 意識を両眼に集中させる。
 瞳が熱を帯びる。
 視界に入れたあっちゃんの姿が、まるでテレビの映像を見ているかのように、変貌していった。

「ねえ、由希さん」

 ぞわりと、全身の肌が粟立つ。

「まだ、貴方の目には」

 この子は。
 こいつ、は――

「『彩鈴』のままですか…?」

 あっちゃんじゃ、ない――



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