体育祭 後
「ごめん、少し距離取られた…由希ちゃ…ん?」
彩兎先輩からバトンをパスされる。先輩が少し驚いたような声を出した。
あたしは思いっきり腕を振る。思いっきり足を踏み出す。
直ぐに後ろからバトンパスをする声が響く。
大丈夫、気にするな。前を見て走れ…! あたしには越すべき相手がいる。
今まで以上に、速い速度な気がした。その証拠に、武関くんが目の前にいる。彼も驚いて、目を丸くしている。
それはそうだろう、あたしは彼を越すことにしか目を向けてない。よく言う言葉で言えば、目に光がない、という感じだろうか。
絶対に負けてたまるか。
そう意気込みながら、カーブを曲がる。
その瞬間に、武関くんに追いついた。けれど、武関君は驚きもせず、片手をこちらに向けた。
「……え?」
「油断大敵、だよ」
彼はにっと笑って、思いっきり水をぶっかけた。
「つっめたあああい!!!」
氷水というのだろうか。それぐらいの冷水をぶっかけられた。
さ、さささ寒い! とてつもなく寒い! 走ると風で余計に冷える…!! 足元が凍ったように動かない。
そう思った矢先。
「あっ!」
足がもつれて、前にゴロンと転がるように転ぶ。
観客席と、応援席の方から悲鳴が聞こえったような気がする。ばっと足元を見れば、本当に足が凍っている。
「やってくれるじゃん…!」
けど、そんなの気にしてられない…!
あたしは急いで能力で氷を壊し、起き上がって、脚を動かす。
前を見れば、さっきは居なかったはずなのに、前には人がいる。
少し悔しくて涙がでそうだ。
寒いしね、足も凍っちゃってるしね! もう気力だけってやつだよもう。
「あと少しだ! 頑張れ!」
前を見れば、焔真先輩が叫んでいた。あたしは無我夢中で走る。そして、先輩にバトンが渡った。
「お疲れ」
先輩はそう呟いて、物凄い速さで走っていった。
流石、陸上部だ…。
走ったあとなので、まだ呼吸が荒く、応援ができない。そして体がすごい震える…。
足もなんかヤバイ…。
誰かが駆け寄ってきた。そちらを見れば、げん君とゆう君、あっちゃんだ。
「大丈夫か!?」
「由希さん…!」
あっちゃんがタオルを持っていて、あたしに羽織わせてくれる。
「武関君やるなあ…」
「ね…本当に、忘れてたからよけれなかった」
はああ…と深い溜息が出る。
げん君があたしの脚を掴んで、脚はどうだと聞いてくる。その動作に驚きで脚を動かしたしまったけど、すぐに答える。
「一時的だったみたい。もう何もないよ」
プラプラと足を動かせば、3人とも安心した表情をする。
武関君は、本当にこんな酷いことはしないだろうし、今はもう大丈夫だ。
ちらりとリレーを見る。
副部長の対決では、焔真先輩と豪波先輩の接戦だ。そしてその前に紫恩先輩が走っている。
もう少し! もう少しで追いつきそう!!
そう思っていると、その後ろに放送委員も走ってきた。
「紫恩ちゃんパスっ!」
紫恩先輩のバトンが黄蘭先輩の手に渡った。
《今! 生徒会のアンカーにバトンが渡りました!》
「よおし!」
黄蘭先輩が思いっきり走ろうとした、した瞬間。
スポーンッ!
漫画で言うとそんな効果音だろうか。
「あ、」
「あ?」
《あ》
皆の声がこぼれた。
黄蘭先輩に渡ったバトンがすっぽ抜けた。
ヤバイと思ったのか、先輩が慌てて拾おうとした瞬間、誰かがそのバトンを蹴っ飛ばした。
「げっ!」
そしてコロコロと転がっていく。
「はっ! ザマァねえな中頭ぃ!」
そう言って笑いながら走っていったのは、早緑先輩だった。
先輩、出てます。ヤンが出てます。そういえば、前に聞いたけどのこの二人は対立すること多いんだっけ?
《な、なんということでしょう! バトンがすっぽ抜け場外へ!》
「早緑あとで覚えてろよ!」
「忘れたな!」
「このやろう!」
黄蘭先輩が慌てて追いかけるけど、バトンかなりの勢いで転がっていく。
《せ、生徒会あっという間に最下位!》
チラリと皆を見ればあっけにとられた表情。
そして生徒会のメンバーの目線が怖い。
《あっ、生徒会メンバーが冷たい。氷のような視線です! か、会長! 頑張って、心を強く持って!》
皆さんの目が恐ろしいことになっていた。
そんな会長がいろいろやってる間、先頭はかなりのバトルを行っていた。
火燐先輩の能力で炎だらけになっているが、水憐先輩がそれに対抗する水をぶっかけ続ける。そしてそれを早緑先輩追いかける。
「うおおおおおお!!」
「潰れろおおおお!!」
「邪魔だああああ!!」
3人でバトルをしながら走り続ける。皆さんの顔の表情怖い。もはや殴りあいという感じだ。走りながら殴り合ってる。先頭と最下位の間に一体何があるのか。
そしてそのまま3人は平行のまま走り続ける。そして…。
← /
→