あの人の影は未だわたしの前を歩く

「顔上げてよ。話ししたい」
「……」

 私がポツリと呟けば、彼はそっと顔を上げる。
 少し不安げな表情の彼に、私はできるだけ優しい笑みを浮かべた。

「あのね、私も昔はうろ覚えだったの」



*****


 最初は私に弟がいるなんて、全然覚えてもいなかった。
 けれど、段々と、大きくなるにつれて、夢を見るようになったんだ。

 顔はハッキリと分からないけど、幼い男の子が泣いてる夢。

 なんで、そんな泣いてるんだって思ってた。けど、それは昔の青也の面影だったんだよね。昔はすっごい泣き虫だったんだよ? 青也ってば。
 最初は分からなかった。なんで男の子が泣いてるのか。知らない子だと思ってたから。そしたら、自分に弟がいるってことが、思い出してきたの。夢の中で、男の子と私はそういう関係なんだなって、わかったから。
 だけど、顔も名前もわからないまま、小学は過ぎて行って、中学2年まで悩んでた。

 日が経つにつれて、段々と顔も分かるようになってきて。もうひと押しだーって、そう思ったら、中学の時、思い出した。
 生徒会として、四天王として集められたとき、お前を見て。

 一気に自分の記憶が蘇ってきて、全て思い出した。

 あぁ、目の前にいる男の子は、私の弟だ。天野青也だ。天野朱理の弟だ。

 大きくなったんだなあ。夢の中と全然違うじゃん。

 あぁ、でも良かった。元気だったんだ。

 夢の中ではずっと泣いていたけれど、今は大丈夫なのかな。


 沢山思うことはあったんだよ。けれど、お前の表情を見て分かった。

 彼は、私を覚えてはいない。

 直ぐに分かったよ。だから、いきなり詮索するのは止めようって思ったんだ。せめて、高校生になるまで。少し精神的に大人になるまでは、黙っておこうって。
 だけど、これだけは許して欲しい。名前だけは、呼ばせてほしいな。


「これから宜しくね。天野青也くん」



*****



「だから、最初そう呼んだのか」
「そう。お前は、苗字間違えてますって言ってたよね」
「そ、それは…。うん…」
「分かってるって! 今のお前は、竜峰青也だもんな」

 私がそう言えば、彼はバッと勢いよく私の方を見る。その勢いに、少したじろいでしまったけど。

「俺、この間のことを、相談したんだ」
「友達に?」
「え、あ、あー…。まぁ、そんな感じだ」

 思わず親の気持ちになってしまう。正しくは姉なんだけど。まぁ、思わずこいつにも友達かあって。思わずしんみり。

「そしたら、相手は会いに行けよって」
「……」

 同じ学校で、会うのは簡単なはずなのに。それでもそう言うのは、相手も分かっているなあ。きっと年下なのに、思わず感心してしまう。

「雀部先輩は、かつての家族に忘れられて、今も生き続けているって。それが凄く重く感じて」
「うん」
「そしたら、俺と会って傷つくよりも、俺に会わないで泣き続けることのほうが、どれだけ辛いか分かってやれって言われて。その通りだなって。俺は忘れてるから、気は楽だけど、お前は違うって」

 また泣きそうな彼の頭に、軽くチョップを落とす。
 相手は少しびっくりした表情をして、私の方を見る。

「そういう、私のほうが不幸だったみたいな言い方止めてよね」

 私がそう言えば、彼はキョトンとした表情をする。

「確かに、私はずっと覚えてたから、その分の辛さはあったよ? しかも部活の方もあって、色々危うかったけど」

 不幸な時って、不幸なものが重なるものなんだよね…。
 今思うと思わず悟ってしまうわー…。ひとつ運が悪いと、なんか連鎖してるんだよね。あー怖。
 なんて、それは置いといて。

「それでも、私がこうやってお前と話せるのは、とても嬉しかった。それに、お前はこの短期間で色々考えてくれたんだろ? それでだけでも嬉しいよ」

 だから、そういう比べるのは止めよう?
 笑みを浮かべながらそう言えば、彼は首を縦にゆっくり振った。

「でも、なんかせめて罪滅しとしてなにかお詫びさせてくれ。俺の気がすまない」
「え、えー…そんなこと言われてもなあ…」

 なんでこいつはこんな考えが深いんだ。竜峰家の教育マジで気になってきた。そういえば、剣道やってるか。礼儀学んだね、ってそうじゃねえ。
 なんだよ、武士道かよ。

 っと、げふん。何かお詫びって…。うーん、そうだなあ。本当に、なんか何もないんだけど。こいつを恨んでるわけでもないし…。

 ……うん。じゃあ、こうしよう。

「じゃあ、私のこと姉貴とでも読んでくれたら嬉しいなー」

 なんてね。
 と言えば、彼は急に顔を赤くした。なんだ、この人が分からなくなってきた。まぁ、確かに今まで違うと思ってた人を、姉貴だなんて呼ぶのは恥ずかしいか…。
 嫌だったらいいよ、と言おうとしたら、彼はボソッと呟いた。

「……姉ちゃん」
「え?」

 思わず笑顔で固まった。
 いま、姉貴じゃなかったよね。え? あれ!?
 一人で顔を赤くして混乱していれば、青也も負けじと真っ赤な顔でもう一回叫ぶ。

「姉ちゃんって言ったんだよ! アホ!」
「あ、アホ!?」

 ひでぇ! と思いつつも、姉ちゃんという言葉の響きに、思わずムズ痒くなる。
 でも、これが私の求めていたものだから、なんか…。

「……へへっ、なに? 青也」

 やっと、家族になれたかなって、思うんだ。



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