Ich hatte wichtiges Ihr Bestehen vergessen.
自分がずっと、探していた相手が、自分のことを覚えていなかったら…。
「寂しいですよね」
思わず、彩鈴に自傷気味な笑みがこぼれる。
そんなの当たり前だ。ずっと、会いたいと思っていたのに、相手は自分を誰だか分かっていない。
こんな悲しいことがあるだろうか。
けれど、そう忘れてしまうのも、人間というものなのかもしれない。
生徒会室から出て、もう帰ってしまおうかと、教室に荷物を取りに向かう。
「あ、南…」
「竜峰さん。こんにちは」
廊下で、少し周りを見回している青也と出会った。彩鈴はペコリと小さく頭を下げ、もう放課後だが、挨拶をする。
「どうしました? 周りを見渡して…探し物ですか?」
「あ、あーまあそんな感じだ」
「そうなんですか…」
しん、と静まり返る空間。
お互いに会話が得意というわけでないので、当然の如く二人の間に会話が生まれない。
「青也くーん」
「あ、高忤…」
お互いに気まずいな、と思っていれば、廊下の向こう側から、彼を呼ぶ声が聞こえた。
あ…彼は…。
「失礼ですが…。合宿の時、由希さんとペアだった人ですよね…」
「由希…。あぁ、北村さんね。あぁ、そうだよ。そう言えば名前言ってなかったもんな。オレは高忤七瀬(こうご ななせ)っていうんだ。青也君と同級生」
「そうだったんですが…」
名前を聞いてなかったので、こんなタイミングで知るとは思えなかった。そう思いながら、彼の方を見る。
彩鈴が彼のほうを見ていれば、彼はどうしたのかと首を傾げる。
「あ、すみません。私は…」
「知ってるよ。1年1組の南彩鈴さんだろ? 知ってる」
七瀬はそう言って笑みを浮かべる。
「それより青也君どうした? なんか探し物?」
「……いや、良いんだ。俺がそうしたところで、相手が傷つくだけだろうし」
彩鈴と七瀬の頭に、思わずハテナが浮かんだ。
探し物…という感じではないですね。物ではない感じです。
思わず彩鈴と七瀬は悟った。
ここだとなんだし、と七瀬が空き教室に彼を入れる。彩鈴は失礼しようかと思ったが、七瀬に腕を引っ張られ、一緒に入室する。そこで椅子を持ってきて、青也と彩鈴を座らせ、あとから彼も座る。
「なんかあるなら、話したほうが楽になるぜ?」
七瀬がそう言えば、青也は少し目線を逸らしてから、口を開いた。
「何でもねえよ…」
どうしてもいう気はないらしい。
……もしかして。
「朱理さんのことでは…?」
彩鈴が思わず呟けば、彼はバッと勢いよく彩鈴の方を見る。
ビンゴ。
さっきの出来事を話せば、彼は黙り込んでしまう。
やはりさっきの朱理さん、泣いたあとだったんですね。もしかして、竜峰さん、何かしでかしたのでしょうか…。
2人が黙り込んでいれば、七瀬は少し首を傾げながら、口を開く。
「朱理さんって、青也君と同じ生徒会の? 四天王って言われてる?」
「……あぁ」
「そんな先輩が、なんで青也君と関係するの?」
七瀬がズバリと聞けば、もう言わざるを得なかったのか、青也はポツリポツリと話し始める。
「実は、その……」
口を開いては直ぐに閉じ、それを数回繰り返して、息を吐いてから、再び口を開いた。
「雀部朱理は、俺の姉さんだって……」
「………え?」
思わず彩鈴が変な声が出た。しかし、そんな彩鈴を見て、逆に青也は疑問を口にする。
「え? ってお前、従姉妹だよな。なんで知らねえんだ?」
「それは、えっと…」
どうしてでしたっけ…。私とあの方は従姉妹…。と、小さい頃に言われ…。
……それは、いつの時の話でしたっけ。
思わず、彩鈴が口元に手を当てる。
それも気になりますが、でも、何故今更その様なこと…。
「俺と朱理は、別に暮らしてるんだ。だから、そんなこと全然知らなくて…。でも、向こうは知ってたみたいなんだ」
青也は少し辛そうな表情をする。
さっきの朱理の言葉は、こういうことだったのかと、彩鈴は納得する。
しかし、お互いに同じ学校で、しかも過去には、一緒の委員会にもなったことがあった。
では、何故今更? 朱理さんは、なんで今更その様な事を?
そう問えば、彼は悩んでから答える。
「あの人の、演技かもしれない。初めて会った時も、あの人は俺が名前を名乗る前に、名前を知っていた」
「そうなのですか…。ですが、どうして、貴方は先輩のことを覚えていないのです?」
「分からない…。だから、よけいに悪いことをしてしまったと思う」
青也は悔しそうに歯を食いしばった。
もしかしたら、朱理は青也が高校生になるまで、待っていたのかもしれない。高校生になれば、大人に入るだろうし、もう受け入れてもらえるかもしれない。
しかし、逆に言えば、高校まで知らなかったことを、突然言われても困るかもしれない。
きっと悩んだんだろう。
それならば、私は? 彼とも従兄弟になるのか。
彩鈴も悩み始める。
← /
→