鈍い痛みで目を覚ました。
 視界いっぱいに見慣れた万事屋の天井が広がり、銀時は息を吐いた。体が動かないのは怪我のせいだけではなかった。神楽が頭に足を乗せているため、首から上は動かない。足は新八が乗っていた。視界の端には白いものが映るから、どうやら定春もいるようだ。

「重てぇよ馬鹿どもが……」

 窓の外は暗く静かだ。おそらく深夜だろう。部屋中に血のついた包帯やら布切れやらが散らばっている。部屋の照明は点けっ放しで、どうやら看病をしてくれているうちに眠ってしまったらしい。

「……ぅー」

 寝言を言って神楽が寝返りを打った。上半身が動かせるようになり、銀時は身体を起こした。足に乗る新八を起こさない様に慎重にどかし、時間をかけて立ち上がる。身体中の骨が軋み、腹部に激痛が走った。おまけに左足はまともに動かない。

「ボロボロだな、こりゃ」

 当たり前か、と自嘲気味に笑い音を立てないように普段の着流しを取る。
 ふと視線を窓にずらすと、僅かに欠けた月が浮かんでいた。そのとたん、今まで見ていた夢を思い出す。

 松陽を芋虫だと罵られたとき、一瞬で頭が真っ白になった。その後も続いた戦闘の事はもうよく覚えていない。ただ天守閣での争いの時、折れそうだった銀時を繋ぎ止めてくれたのは仲間たちと、そして松陽との約束だった。
 あの日。松陽が幕府によって捕えられた日の事を、戦時中の銀時はよく夢に見た。それは必ず松陽を取り戻すという決意をより強固にするものであったし、過酷な戦争で正常な思考を保つ為の最後の防衛線でもあった。「松陽が生きている」ただそれだけで彼は、彼らはあの攘夷戦争を生き抜くことができた。
 しかしもの言わぬ松陽が首だけとなって帰ってきた日を境に、それは悪夢へ変じた。死んでしまえるものなら戦場で死んでしまえたらと願った銀時に、松陽に言われた「みんなを護ってくださいね」という言葉は重い鎖となって絡み付いた。皮肉にもその約束によって銀時は生かされたのだ。銀時に生きる場所と術を与えた松陽は、死して今なお銀時に進むべき道を与えている。



『私はきっとすぐに戻りますから、だからそれまで』



「みんなを、護ってあげてくださいね、か」

 なんともあの人らしい言葉だ。あの人は様々な事を自分達に教えてくれたが、特に何度も繰り返したことが“護ること”だった。そういえばあの人に拾われた時もそんな事を言われた。
 自分は、護ることが出来たのだろうか。あるいは護ることが出来るのだろうか。攘夷戦争のときは何かを護れた例が無かった。必至に足掻いてもがいて、最後に残ったのは彼の人の首と、そして白夜叉というもう一つの名前だけだった。もしかして自分は護ったのではなく、誰かから何かを奪っただけだったのではないか。そんな事を何度も考えた。ならば、今は。
 朧と闘っている間は復讐しかなかった。殺すことしか考えていなかった。朧が直接松陽の死に関わっていたかなど知りはしなかったが、それでも身体が先に動いた。はじけ飛んでいた理性が戻ってきたのは天守閣から落下しながら松陽との約束を思い出してからだ。朧を下した後も消えない、熱い身体に反して冷たい奥底の復讐心を――白夜叉を、封じ込めてくれたのは神楽と新八である。両脇から支えてくれた二人のぬくもりに、どれだけ救われたか分からない。
 帯を締めながら、銀時は新八と神楽を見た。いつの間にか神楽が布団を陣取り、新八は壁際まで追いやられている。
僅かな物音に気付いたのか、定春が目を開けた。見ている。銀時を見ている。静かに近寄ってきた定春が、銀時に鼻を摺り寄せた。

「心配かけちまったなァ」

 二人には言わないでくれよと顎の下を撫でてやると、定春はくうんと鳴いて部屋の隅に戻った。
 着替え終えた銀時は、箪笥に立てかけてあった松葉杖を取った。やはり全くもって左足に力が入らない。四苦八苦して襖に辿り着き、電気を消して襖を開けた。居間にも煌々と明かりが点いており、テーブルには惣菜が置きっぱなしだ。パックに入った野菜はしなびて、二つの湯飲みのお茶は冷めきっている。その冷めきった茶を飲み、ぱさぱさになった握り飯を一つ口に放り込むと、銀時は玄関に向かった。

「……悪ィな」

 明かりを消し、闇に沈んだ屋内に呟きを落として、銀時は万事屋を出た。
 外は欠けたといえどまだ大きな月と、中心部の光でまだ明るい。ゆっくりと外階段を降り、銀時はかぶき町の中心街へと歩き始めた。特にやりたいことも無かった。

『出来るか出来ないかでは無く、やるかやらないかです』

 唐突に思い出したその言葉は、自分が幼いころ、何かどうしても出来ないことがあって諦めかけたときに松陽に言われた言葉である。今まで沢山の人に使い古されたであろうその言葉も、松陽が言うと他の誰とも違う様に聞こえた。
 やるか、やらないか。
 護るか、護らないか。
 銀時はふんと鼻を鳴らした。静まり返った町に、銀時の松葉杖の音だけが響いている。
 子どもの頃でも、戦でも何も護ることはできなかった。だが今は、あいつらがいる。神楽が、新八が、定春が――自分が護るべき、そして自分を護ろうとしてくれる奴らがいる。それだけで俺は生きていける。護ることができる。

「護れる。俺は護れるよ、先生」

 そうして銀時は月明かりの下を歩いていく。
‐‐‐‐
20130209
一国傾城篇後日談妄想。この頃の私の万事屋のイメージ。

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