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擬人化・3設定・両軍和解





夢を見た。とてもひどい夢を見た。

朝の4時に飛び起きてしまっておいらは慌てた。なんたって、ビーグルモードの状態で、変な声を出しながらスリープモードを脱したのだから、とても驚いてしまったのだ。車庫に響いた音は人の音でなく、サイバトロン語の、人間でいう機械音だったけれど、そんなことがわかるはずもないサムは、盗まれたと勘違いをするかもしれない。本当の姿に戻って家のなかを覗いてみたら、サムはぐっすりと寝言を言いながらまぶたを閉じていた。ほっと安心して、けれどもつかの間ですぐにひやっとした心持ちになる。庭にある花の一部を、足が踏んでしまっていたのだ。怒られてしまう。ああ、でも、カーリーなら許してくれるかもしれない。彼女は、サムのお母さんみたいに怒鳴ったりということをあまりしない。すこしだけほうっとしていると、足の裏につぶれた花がはりついているのがわかった。ぺしゃんこになった花が、土と一緒にへばりついている。良いとは言えない違和感があったけれど、それをはらうことができなかった。
車庫に戻っても、もうスリープモードにする気が持てない。小さい人間の姿になって、こっそりこっそり家を出る。
そのままぽたぽた歩いて大通りに出ると、人があまりいないのを確認してからビーグルモードに。黄色いカマロ。ミカエラに言われた言葉に納得ができなくて見つけてきたもの。いま、ミカエラはサムのところにいない。おいらの体は変わらない。新品のままのような輝きがある。今日だって、サムに洗車をしてもらった。洗ってさえやれば、ビーはいつになってもきれいなままだね。そう言ったサムの姿は、もうあのころのままじゃない。大人の人の、いわゆる貫録と言うやつが少しだけある。
深夜と言うこともあって、人通りが少ない道路は静かだ。そんななかを、穏やかな音楽を流しながら進んでいく。うるさいと注意する人は誰も居ない。たまに通りかかった人々は一瞬だけこちらを見るか、気づかないふりをしているように通り過ぎていく。わざと人が多い場所をさけて、都会のなかから郊外へ向かっていた。サイドステップに花と土がくっついているまま。あの子のもとへ。


×


「バンブルビー?」
まだ寝ていなかったあの子は、目をすこうしだけまるくさせておいらの名前を口にした。いつだって変わらない、穏やかで 隠れているような声だ。それだけなのに安心したのか、荒立っていたブレインダーキットがすこしだけ穏やかになった。ヒューマノイドモードになって、足についたままでいる花を取らないままに話を掛ける。「今」「ねむたい?」彼女は瞬く間だけ目をぱちんとさせて、すぐに嬉しそうな声をちいさく出した。
「もう目がさめちゃったよ」



あの子と話すのは、いつだって人気がないところだ。最初にあったときだって、おいらの正体がわかっていないときだって、ばれたあとだって、昼間だって。いつもおいらたちは隠し事をしているように会っていた。そのことを、いつも不思議に思っている。けれどもいつだって、彼女と話すのは楽しくて 聞くことを忘れてしまうのだ。むしろこちらの方がいいかもしれない などとも思ってしまうのだから。とくに 今日みたいな日は。

「なにかあったの?」
家から降りて、人の姿のまま夜の道を歩いていく途中。彼女はおいらの目を見てそう聞いた。眠気なんてどこにもない。真摯に不思議だと思ってくれている目色だ。いつもならすぐに答える。けれども今日は、どうにも言葉が詰まってしまって、少しほどまぶたを伏せる。とたんに、穏やかになっていたブレインサーキットが、またぐるぐるとまわり始めた。伏せたまぶたから、あの光景が流れていく。耳の裏側からあの音が聞こえてくる。「悪い夢をみたの?」鮮明な声にぱっと顔を上げる。どうして。そう言いたいのに声が出ない。どうしてわかったの?そう言いたかった。彼女はぱちぱちと 数回ほど瞬きをしながらおいらを見て「そうなんだね」と言う。
「きみは魔法を使えるのかい?」
「使えないよ」
「なら、どうしてわかったの?」「俺がよくない夢を見たって」
「そういう顔をしていたから」
あっけらかんとしているあの子は、事の大きさに気付いていない。サムも、カーリーも、レノックスも、人間たちはみんな おいらたちが夢を見るとは考えていない。人間と機械では違うと思っているから、夢を見たんだ と言えば 決まって「きみたちも夢を見るんだ」と驚かれた。彼女はおいらのことを知っている。それは性格とかではなくて、おいらが人間とは違う 機械と言うことを知っているのだ。なのに、夢を見ると当然のように思ってくれていたのだ。「どんな夢を見たの?」驚いたまま、けれども感動のような気持ちを持って けれどもそれも すぐに覆いかぶされてしまう。底へ沈んでいくみたいだ。それと引き換えに、なかではあの光景が流れる。あいつが手を振る夢。手を振って、光のなかへ消えていく夢。「戦争の」スリープモードのとき、メモリーが勝手に再生されることを夢と言った。加えて名前を付けるなら、今日見たこれは 悪夢と言うんだろう。
「せんそうのゆめ」


あの子が息を呑んだのがなんとなくわかる。昔話をするのはあまりない。特に、自分のことを話すのはもっとない。おいらも緊張している。「オートボットには」「たくさんの仲間がいたんだよ」握っている手を、もうすこしだけつよく握る。彼女はまっすぐに目を合わせている。「そのなかには勿論ね」「僕と特別仲が良い」「仲間もいたのよ」メモリーをそろりそろりと恐れながら、自分のなかだけで再生させる。なつかしい思い出がたくさんある。そいつとはとびきり仲が良かったんだ。ふたりで喧嘩もした。褒め合ったりもした。ふたりで悲しんだりもしたんだ。音声を使って、おいらの声もたまに交えてそう話した後。彼女の瞳を見ていた目に、すこしだけまぶたが伏せられる。でも、死んだ。戦場で。
いまにも鮮明に再生できる。あの光景を、あの瞬間を。銀色の体がふたつに裂かれた姿も、形見さえ残らずに錆びた黒い体も、すべて思い出せる。彼女は息を詰めて、けれどもなにも言わない。言えないのかもしれない。ちらりとだけ見てみると、その瞳がすこしだけ水の膜を張っておいらを見つめていた気がした。
「ディセプティコンと和解した」「そう言ったじゃない?」
「うん」
「実はね」「私はあんまり」「納得してないのだよ」
おいらは、このことを彼女に言うつもりなんてなかった。彼女だけでなく、誰にだってこぼしさえするものかと思っていた。けれども、視界の端で見えた彼女の瞳があんまりに綺麗なものだったから、言ってしまったのだ。彼女は黙っている。まるでおいらの言葉を待っているみたいに。
「生まれたときからずっと」「ディセプティコンは敵だ」「仲良くしていたときなんて知らないし」「和解したとたん」「友好的に話しかけてくるのだよ?」「それに」「それに…」
そこから先は、なにも言えなかった。深夜のラジオが終わってしまったのではない。言葉に迷っているわけでもない。ただ単に、それ以上言うことができないのだ。喉のモジュールがおかしくなったときみたいに音声の機能がストップして、ぐるぐると回路にまわった熱が滞っている。あるとき、勇気を出して目を上げてみた。彼女の目と出会う。水の膜が、電灯に照らされてちらちらと光を見せている。
「そうだね」
握っていた彼女の手に力がこもる。
「そうだよね」
それは とても優しい声だった。もしもおいらが本当の人間なら、泣いてしまっていただろうというくらい、暖かかった。彼女の手は小さかった。けれど、その両手で精一杯 おいらを温めようとしてくれていた。
「わたし、バンブルビーが思っているのは悪いことじゃないと思うの。だってそれまで敵同士で、ひどいこともしたんだもの。急になんてことは無理だよ」
彼女は微笑む。すこうしだけ照らされた目元が、あんまりに綺麗に細まっていたものだから、おいらはまた泣いてしまいそうになる。けれども彼女は「でも」と続けてこうも言った。
「いまはとてもつらいけど、いつまでもそのままということじゃないかもしれないよ」
「…」
「いつか許してやってもいいかもって思った時は そのときは躊躇わずに許していいと思うんだ」
押し黙っている間、おいらは愕然としていた。どうして彼女がそんなことを言ったのか、まったくもってわからなかった。それでも彼女は穏やかな表情を浮かべているから、ますますわからない。おいらは首を横に振って否定をする。
「そんなこと」「絶対ないよ」
「わからないよ」
(どうしてもうわかってるみたいにいうの)むっとした心でおいらはそう思った。それは心のなかだけだったはずなのに、彼女は誰かから教えられているみたいに続きを言った。


「だって、あなたたちは戦うために生きてるんじゃないもの」
「決して、そんなんじゃないもの」



足の裏についていた花をとった彼女は、それを丁寧に洗って押し花にした。彼女がつくる押し花はいつもきれいで可憐だったけれど、泥が混じったそれはちょっとだけ不格好だった。「きれいだね」と、彼女は言った。血が流れていない皮膚の下が、やけに大きくどくんと鳴った。


(111008)
RADWINPS
君と羊と青
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