その日、お隣さんの男の子と会ったのは偶然だったのだ。

「サム!こんにちは!」

ちょっとしただけの軽いお買い物の帰りだった。気を編んで作られたカゴバッグを持った手とは反対の手を大きくふると、そのこはぱっと目をこちらに向けて同じように振り替えしてくれた。ぱたぱたぱたと足を駆け足に動かして、サムの元へいく。なにか決まりごとをしていたように、家と家を分ける柵の辺りで私たちは止まった。

「久しぶり」と、サムが笑う。「元気にしてた?」
「うん、元気だよ。サムは、最近どう?」
「僕は元気さ、すごい元気。そうじゃないと駄目なんだ」
「どうして?」
「父さんがね、授業の評価でみっつAを取ったら車を買ってやるって言ったんだよ!」

サムはぴょんぴょんと跳ねているような笑顔でそう言った。私はびっくりして、けれど同じくらい嬉しさがこみあがって、思わず大きな声を出す。「本当に!」サムが前から車を欲しがっていたのを、私はとてもよく知っていたし なによりそのはしゃぎようも伝染してしまったのだ。サムは何度も頷いて、その度に笑顔になる。「おめでとう」よかったね。ひと言つなげるように言おうとして、けれどぴったりと口は止まった。私は高校には行ってないからよくわからない。でも、評価Aをみっつなんて サムにとれるのだろうか。

「サム、Aをみっつだなんて、とれるの?」
「きみ、僕のこと馬鹿にしてるでしょ」サムはむくれている様子で、けれどすぐに自信満々な笑顔を見せてくれる。「まかせてよ、僕が本気を出したらすごい男だってこと 君が一番知ってるだろう?」

男の子にいじめられているところを助けてくれたのはサムで、人生で最初の恋を無くしてしまったとき 慰めてくれたのもサム。両親をなくしてしまったとき、一緒に住むことを提案してくれたのもサムだ。お調子者で女の子に空回りをすることも多いけれど、本当のサムはとてもすごい男の子なのだ。「うん。夏休みの宿題をいっつも忘れてすごいどやられてた男の子ってこと、よく知ってる」素直じゃないことを言うと、サムはむうっと眉毛を下げた。「ひどいなぁ」とむくれているけど、私が本気で言ったんじゃないってわかってる顔をしている。恋をしない幼なじみとはこういうものだ。
「あ、そういえば、」愛しのミカエラちゃんとの進展を訪ねようとすると、サムが唐突に声をあげる。大事なことを思い出したような、そんな目を向けられる。ずいっと顔を近づけられた気がして、思わず半歩ほど後ろに下がった。

「ねえ、恋人とかできた?」
「恋人?」恋する人。私には縁遠い言葉にびっくりして素っ頓狂なこえをあげてしまう。「なんで!」サムは困ったような顔をしている。真義がどうなのか、わかっていないのだろう。そんな顔をしていると、長年の付き合いでわかった。

「一昨日、母さんが買い物に行ったとき 男と一緒に歩いてる君をみたって言うんだよ」

あの人だ。私はすぐにぴんっときた。喉がぐうっと閉まる。サムは気付かずに話し続けている。「黒い髪で、背が高くて、警察みたいな服を着てる男だったって」あの人のことだ。特徴を言っていく言葉に従って、頭のなかにぷくぷくとあの人の姿が形作られる。一昨日は、あの人と一緒にお魚を買いに行った。だから確実に、サムのお母さんが見たのは、あの人と私だ。でも、なんと言えばいいのだろう。あの人は本当はとっても大きいロボットで、怪我をしていたから 直していてね、どこにも行くところがないから、今は療養のために私の家にいるのよ。そう言って、誰が信じてくれるのだろう。「違うの」私は首を横に振る。そうするのが当たり前なのに、何故だかとても悲しくて、嘘だとばれないようにと 目を伏せた。

「バリケードさんは、親戚のひとで、警察で、最近近くに配属されたから一緒にいてくれてるの。怪我をしたらしくて、それで、しばらく休みを取ってるの」

サムの返事は、すぐにはこなかった。一拍ほど開いて、ようやく降りてきた「そうなんだ」の声に 顔をあげる。これ以上は聞かない。そんな顔をしていた。

「一緒にいて楽しい?暴力とか、変なこととか、されてない?」
「大丈夫だよ」
「ならいいんだ」

サムは笑う。うそをついてごめんなさい。そう謝ったとき、いいよ と言ってくれたときの 許しの笑顔だ。イエスさまの代わりにあらわれているようなそれに、私は泣きそうになった。


(110826)

「いまのやつは」
「いまの?」
「お前が今話していた男だ」
「ああ、サムですね」
「サム?」
「はい。昔から隣の家同士で、仲がよくて、幼なじみって関係なんです」
「…アーチボルト・ウィトウィッキーの孫か?」
「そうですよ。よく知ってますね」
「ああ」




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