自己修正機能で回復した回線の一部を使い連絡を取った。一番多く使っていた回線のものしか使用できなかったが、報告をすることが大事だろうと思ったからだ。最初は雑音が混じり、やがてぶつぶつと鮮明になっていく音。「フレンジー、俺だ、聞こえるか」忠誠を誓うあの方からパートナーと言い渡された仲間のひとりは「久しぶりダナ」と早口で応答した。

「今マデ何処に行ってたンダ?」
「オートボットの若造と戦って負傷した」
「オイオイ大丈夫カヨ」
「…いまは人間に修繕をされている」
「へェ、人間ニ。デキル奴なんて居ルンダナ」
「今はその人間の家に潜伏している」
「人間ノ?アンナ小さい家ニ?」
「人間のモードを取らされている」
「ソンナコト出来ンのか」
「ああ」

無意識に、あの女と一晩ほど格闘するかのように縮小コードや体の部分をいじった日のことをメモリーで数秒再生される。こんな小さな有機生命体に擬態している姿を見れば、今通信をつないでいる奴はにやにやと笑いながら「よく似合っテルゼ」などと戯言を抜かすだろう。くだらない。この狭い家から出れば二度と使わないだろう擬態だ。だから「ヒューマノイドモードっテ感じダナ」といったフレンジーの台詞も「わざわざ名前を付けるな」と怪訝に返した。と同時に、「ミソシル」というスープを作ってみせたあいつの顔を思い出した。

「ミソシルとはなんだ」
「ミソシル?アア、スープの種類のコトカ。ソレガどうしたンダ?」
「朝に接種しろと出された」
「フゥン、味ハ?」
「…まあまあ良かった」
「ヘエ」

検索をかけているのか、フレンジーは短い返答しか返さない。人間でいう味覚をくみ取る舌という機関から感じたあの味は未だメモリーのなかに置かれている。俺は何故こんなものを取っておいているのだ、と不思議に思ってすぐ あいつと過ごした数日間で取ったメモリーが消されていないことに気付いた。故意に残しておいたのではない。消すことを忘れていたのだ。本当なら記憶した瞬間から消していくはずだったものを。何故。

「バリケード、一応言っとくケドナ」
「なんだ」
「任務ヲ忘れんナヨ」
「…当たり前だ、なにを言っている」
「イヤ一応、味噌汁については今度オールスパークについてのデータと一緒ニ送ってヤルヨ」
「ああ」
「それじゃ」

ぶつ。向こうから回線が閉じられる。こちらも回線の機能をダウンさせて座っていた椅子の背もたれに凭れると、存外に自分が疲れていることを感じた。まだ体が完全には回復していない。あの女がわざと修理していないところがあるのだ。理由は おもしろがっていることと、俺を警戒していること、どちらからも来るだろう。あの女は、あいつに対して妙に過保護なところがある。夕飯ができると言い渡された時間まであと2分53秒。それだけあれば十分だ。いまのうちに消し忘れていたメモリーを消しておこうとして、しかしそれは出来ないものと変わった。あいつの買い物に付き合って荷物を持ってやらなければ、あの女がまた怒りを向けてくるだろう。あいつはいつも俺が自己修繕のためにと寝ている時間に出て行こうとするから、それを阻止しなければならない。だから眠る時間は決まった時間にしてあるのだ。「女の子の買い物は暗くならないうちに」とあの女が言っていたから、夕方が始まった時間を記録している。それに、この前壊したあいつのテレビを直してやらなければならない。フレンジーに言えばなんとかしてくれるだろう。もう一度通信を開こうとして、やめる。あいつの足音が聞こえる。

「バリケードさん、夕方のご飯が出来ましたよ」

椅子から立ち上がって、あいつが開けた扉へ向かう。「今日のご飯は和風ハンバーグですよ」と笑ったあの女の顔がメモリーに入り込んで、消そうとして、やめた。


(110822)


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