目の前に女がいた。
女は二回ほど瞬きをする間俺のことを見た後、すぐにぱたぱたとどこかへ行ってしまった。捕まえようと思ったのは女が去った後で、追いかけようとも思ったが、どうにも体が動かない。自分の体を見ようと顔を動かすと、どうやらテープで体を拘束されているらしかった。まるで絶対安静というかのように。なんだ、これは。俺はバンブルビーとかいうオートボットと戦って、負傷して、どこかの家の裏に身を沈めていたはずだ。そうしたらひとりの虫けらが声を掛けてきやがって、…ああ、そうだ、今どこかに行った女はその虫けらだ。あいつ、俺に何しやがった。メモリーの再生を終わらせて、もう一度テープを引きちぎろうと上半身に力を込める。と、そこに、あの虫けらが視界にもう一度はいった。きょとんとした顔を俺に向けている。見ているだけで虫唾が走りそうだ。「なあに、元気そうじゃないの。こいつ」と、もうひとり、新しい虫けらが虫けらの隣に立つ。煤かなにかで汚れた作業着に、手にはボルトとハンマー。虫けらとは正反対の格好だ。ぎろりと人間でいう睨む行為をする。虫けらが、なに俺を眺めてやがる。

「お前ら、俺に何をした」
「なによ、その言い方は。直してあげたんだから感謝しなさいよね」
「…直す?」
「そうよ、このこが見つけなかったら あんた危なかったんだから。まずこのこに感謝をするべきね」

ふん、とふんぞり返る虫けらは、どうやら傲慢な性格のようだ。反対に、このこと示された虫けらはまたあのきょとんとした顔で俺を見ている。「…なに見ている」「元気ですか」「は?」「もう痛くないですか」なにを言ってるんだ、こいつは。睨みつけるのをやめて体から力が抜けていくのがわかる。スキャンしてみると、心拍数は若干おかしい。怖がっているんだ。なのに何故そんなことを聞く。わけがわからない。人間というのはこうも変な生き物だったか。「大丈夫よ、ちょっと安静にしといてもらわなきゃならないけど」作業服の虫けらはけらけらと笑いながら俺の機体をこんこんと叩く。まるで俺のことを隅々まで知り尽くしたと言うかのように。腹が立つ。テープは案外頑丈らしく、力を加えても千切れることがない。加えて、普段より力が出せていないように思える。まさか、こいつ、この虫けら。

「修理の微調整があるから、暫くはあんまり大きく動かないことよ。いい?」

わざとらしくボトルを見せ付ける虫けらはにたにたと企んでいる笑みを向けている。虫けらが、虫けら風情が。そう叫んでやりたかったが、その隣にいる女がほっとしているとでもいうような あんまりに馬鹿な笑顔をしていたものだから、やめた。


(110812)

女の子の友達がわざと直していないところがあり、バリケードはそのためにうまく動けません。けれどもそれは、自己修正能力があればすぐに回復するようなものかもしれません。


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