レティはひとしきり暴れた後、やつれた様子の兵士に連れられて街でわかれた彼女と再会した。そこは「いつもの場所」ではなく、基地のなかにある廊下のひとつであったが、彼女と再び出会えたレティの心からすれば、そんなものはどうでも良いことであった。「カフィ!」と大きな声で大切な友人の名前を呼んだレティは涙さえこぼさなかったものの、その瞳には薄い潤んだ膜が浮かび上がっていた。彼女が目を大きく開いたのをみながら、その返答も待たずにその細い体躯へ飛びついた。「レティちゃん」と、細々しい声が聞こえ、レティは思わず一粒だけ涙を流す。彼女のぷっくりと膨らんだきれいな口が自らの名前を呼んでくれることが、レティにはたまらなくうれしかった。
「変なこと、してないでしょうね」
傷つかないようにと抱きしめ続けたまま、彼女を連れて来たらしい軍人に問いかける。軍人は男であり、ごてごてとしたバッチを一般兵より幾分か多くつけている。おそらく将軍クラスだろう。レティは軍人を嫌悪していたが、そういう類のことはそれでもわかった。「ミス.レティ。我々はそんなに落ちぶれていませんよ」その男、ルークはは苦笑いをしながら答える。「ほんとうに?」と彼女と目を合わせると「うん」と短く返事をして頷いた。それでもレティがすこしの疑心を残して軍人を睨むと、ルークさてはて困ったと言わんばかりにその笑みを濃くさせた。

「ここから先にあるものは絶対に関係者以外は他言無用だ。関係者というのはこの基地にいる者すべて。一般の生活で口に出すことはひとりの場合でも控えてもらう。もちろん知っている者と共にいてもだ」

いいかい?と確認の疑問詞を使ったその言葉を レティは苛々としながら聞いていた。肺は溜息を積み上げていき、彼女はそれを抑えることをしなかった。隣を見ると、そこにいる彼女はぼんやりと前を見ていた。彼女は頷きも、うんの返事もせず ただ黙っていた。怯えも、恐れも、好奇の色も、そこにはなかった。ただ前を見ていた。虚無ともいえるその表情を見て、レティは俯く。それが軍人のせいで作られたものでないことを、そしてその原因を彼女はよくわかっていたし、知っていた。なにをしているのだ、あの男は。レティは胸の内で怒りともどかしさにそう呟き、歯噛みする。そのときのレティの思考はもはや軍人の言葉や存在などに向かっていなかった。ただ彼女の安否だけが、内側でも外側でも心配だった。



「心拍数が上がっている。驚いているのか」
青に赤の炎が映える機体。水の色の奥に様々な機能がつめこまれたアイセンサー。それらは人と比べるにはあまりに離れすぎているものだった。目の前にそびえる機械の巨体に、レティが目を見開き 最初に思ったことが「あいつより大きい」ということだった。彼女のなかの「あいつ」は、たったいま目の前にいるような彩の鮮やかなものではなかった。黒と白の体にひとつだけ映える赤が印象的なものだった。人間でいう皮膚の下にある回線や機能を、彼女は傷つけない程度に見て、壊れた個所を頭をひねりにひねらせて直し、恍惚とした時間は、レティによってあまりに衝撃なものであり、過ぎた時間が幾度と重なっても忘れられないだろうと感じる程であった。現にいま、レティの頭のなかはその指先が冷たい体に触れているのではないかと錯覚するほど「あいつ」のことを思い起こしていた。あの体、この地球上にあるのかと疑うほどに傷がつかない鋼は、いったいどこへ行ったのだろうか。そう思うのと同時に、レティは恐怖も胸に抱いていた。それは目の前にいるロボットがあまりに巨体で人間離れしているのが問題ではない。ここに至るまでの経緯があまりに荒々しいものなのだ。逃げたのは自分からだとはいえ、扉を開いたときに見えた兵士の表情は固く 緊張が滲んだ厳しいものであったのを、レティはしっかりと覚えている。第一、今の状況は大変おかしなものなのだ。もしや今から壮絶な拷問でも始まるのだろうか。理由がわからないまま、しかしレティはそう考えずにいられなかった。いまにも泣き叫び、走りだし、逃げてしまいたかった。けれどもそれをできなくさせたのは、レティの手を握りしめる力がかかったからだ。レティは咄嗟にはっとして隣を向く。肩を並べて立っている彼女は、その瞳を先ほどより広げてロボットをただ見つめ、痛いと思うほどにレティの手を握りしめていた。その手は小さく、血の気が引いている顔色を表すように冷たい。レティは自分を叱咤した。怯えてどうするのだ。泣いてどうするのだ。逃げてどうするのだ。そんなことをして、その後このこはどうなるというのだろう。いまでさえ痛いほどに力を込め、その青い顔色を持ちながら耐えているというのに。
レティは心持を固くさせ、彼女の手を握り返す。その手は震えていた。なにかされそうになったら、すぐさまこの手を引いて逃げ出そう。レティは目を少しだけ逸らし、退路を見つけようとロボットの奥にあるものを見ようとする。青いロボットが大きすぎてあまり見えないが、周りにいる軍人は離れたところにいるので大丈夫だろう。それはあまりに拙い算段だったが、それでも考えずにはいられなかった。

「恐れないでほしい。我々は君たちに危害を加えるつもりは毛頭ない。だからそんなに逃げようとしないでくれ」

レティはどきりとした。こっそりこっそりとしていたことを、ずばりと言い当てられたのだ。レティの心臓がひょんとはね、わずかに肩も上へはねたことを 青いロボットはしっかりと捕らえている。レティは少しだけばつが悪くなりながら再びロボットと目を合わせた。それを待っていたかのように、機械の口は言葉を出し始める。「私はオプティマス・プライム」「…」「君たちの名称は?」「どうせ知ってるでしょ」「ああ、しかし本人から聞くことに意味があるものだと聞いたのだ。その方が信憑性も高い」「…レティよ。このこはカフィ」変な奴だ。レティは敵意と警戒心を持ちながらそんな感想を心中呟く。短い言葉を交わしただけだが、怒りもしないし気まずい雰囲気を出したりしない。口調やその内容が真面目すぎて天然さを帯びているようだ。「レティとカフィ。了解し、記録した」その言葉を聞きながら、レティは再び眉を寄せる。オプティマスと名乗ったこのロボットに、警戒心を持つ必要があるのだろうか。あいつと比べると信じられないほど落ち着きがあるし、なにより敵意が全くないように思える。

「こんなところまで連れて来てなんの用?」
「手荒に連れてきてしまったことは謝罪しよう。しかし事が事だったため、このような手段に出てしまったのだ。すまない」

ためしにと反抗的な言葉を吐いても、オプティマスは穏やかだ。そんなに悪い奴ではないのかもしれない。レティはひとまず警戒を解いた。少しばかりだが、それはオプティマスにとってありがたいことだった。いつまでも張りつめられたままでは問答の仕様がない。内心ほっとしたところで、先ほど大きく広げていた目を下に向け、俯いているカフィが見えた。どうしたのだ。と、オプティマスは訪ねたかったが、彼女のほうを向いた途端 レティから鋭い視線が刺さるように感じられたのでやめておいた。その前に聞かなければならないこともあるのだ。それも速球に。
「理由を尋ねる前にいくつか聞くべきことがある。構わないだろうか」
「いいわよ」
「君たちはサイバトロン星という惑星を知っているだろうか」
「なにそれ、新発見された惑星?知らないわよ」
「そうか。では、君たちはオートボットという種族を知っているか?」
「知らない」
「ディセプティコンという種族は?」
「知らない」
「では本題を訪ねよう」
そう言って、オプティマスは一拍ほど黙った。それがレティの不安を呼び起こした。聞かれてはいけないことを尋ねられる。いまの問答からいって、彼女たちは無関係とされる可能性が高かった。けれど、それが次の問いかけによって一変してしまう。それも悪い方向に。レティは直感的にそう思った。「いいわよ」と返事をした自分がたまらなく嫌悪に感じられた。けれどもオプティマスが問いかけることをやめるはずがない。再び口を開いたその瞳が、やけに恐ろしく感じられた。

「前に一度、我々と同じような体を持つ者と接触したことは?」


(110920)