白い、健康的な色をした電灯がいくつも備えられ けれども それは灯りをともされず スイッチを切られたまま俯いている。人気のなく、いっそ怖がりさえしてしまいそうなほど静けさを保つ部屋のなかで 彼はゆっくりと意識を浮上させた。それまで閉じられていたアイセンサーを開き、数秒の間だけ呆然と目に映るものを見る。人間の目ではなにがあるのか識別できない程度の暗闇だったが、人間ではない彼の前でそれは意味を持たない。彼は自分が今見ているものがある規則性をもって白の板が並べられた天井だと認知したとたん ぼんやりとしていたブレインサーキットをゆっくり鮮明へと動かし始めた。ぐるりと首だけを動かし、怪訝に思う。ここはどこだ。体を起き上がらせようと力を入れると それが全く動かない状況にさせられていることを知った。体の全身をベルトで押さえられているのだ。彼は異常ではないその事態に どこか安心感を見出していた。目をつむり、ひとつのメモリーが再生されるのを黙ってみる。あの時と同じだ。
「起きたのか」
声が聞こえたのはほぼ左隣のほうからだった。メモリーの再生を無意識のうちにストップさせ、首をできる限りそちらへ向ける。かしゃかしゃとハマーの車がロボットになっていく光景を見ながら 彼は胸の内に湧き上がった殺意や欺瞞の感情を目の奥に宿した。見覚えもあり、幾度か接触したことのある者だったが、彼とは敵対関係にあるはずのものであることも確かだった。彼の目は赤く、その者の目は青い。体のどこかについている印も異なる。彼が敵意に目を光らせ、尖らせているなか その者は冷静さとすこしの敵意が混じる目を彼に向け 独り言のように口を動かしていた。
「治療完了から意識回復まで約半年。まあ予想通りだな」
「どういうことだ。これはなんだ、なぜ俺は生きている」
彼に牙があるならば、いま口を剥いてそれを見せつけていたかもしれない。それほどの警戒心だった。彼は自分の命であるスパークがこぼれだし、自己修正もままならないほど自身が崩壊していく感覚を鮮明に覚えていた。あのときのブレインサーキット内でめぐる数多の感情も、それでも薄れていく意識を、そして思い出されたメモリー内の記憶も つい数秒前に会ったことのように感じられた。いや、数秒前なのだ。彼のなかでは、そこで意識はぶっつりと無くなり いまやっと回復したばかりなのだから。
オートボットの軍医であるラチェットは感情の起伏をあまり見せないまま事実を告げる「助けられたのだよ、お前は」それは彼にとって、到底信じがたい事実だった。オートボットのリーダーであるオプティマスが自分をハイウェイの支柱へと叩き付けたときの力は、決して助けるなどと言う力加減などではなかったし そもそもディセプティコンである自分を敵対するオートボットが助ける理由がわからない。なにも言えないまま、彼はラチェットを凝視する。彼に目を向けず、なにかの部品を取りに行きながら ラチェットは続ける。
「お前は瀕死だった。ほとんど死んでいる状態だったな、スパークは無傷だったが、問題は機体の損傷だ。本当なら放っておいたのだが、我々の友人からどうしても助けやってくれと頼みこまれてね」
「…誰だそいつは」
「お前もよく知っているだろう。サム・ウィトウィッキーという人間を」
ここにきて、彼はさらに驚くことになった。ラチェットの言う通り、彼はサム・ウィトウィッキーという人間をよく知っている。プレイボーイ217というネームをインターネット上のオークションサイトで使用しており、アーチボルト・ウィトウィッキーの曾々孫。加えて彼女の幼馴染。フレンジーからの情報は正確であり、サム・ウィトウィッキーを初めて襲ったディセプティコンは彼であるから、確かによく知っているのは知っている。しかし友好的な関わりを持ったわけではなく、だからこそ彼はわからなかった。あの虫けらは何故、殺しかけた者を助けてくれなどと懇願したのか。
「何故」
彼は思案を巡らせながら 呟くように尋ねる。
「何故そんなことを」
「私にはわからない。正直不満が残るが、彼の頼みだ。引き受けないわけにはいかない」
ラチェットは言いながら彼の体をスキャンし 調整のための道具を手にもつ。ベルトやその手つきからいって 確かに不満があるらしいということは分かった。そんなものには気にも留めず、彼は思案を続ける。何故あれが自分を助けたいと思ったのか。自分に殺されたいからか とも考えたが、それは怯えきった様子を思い出すとありえないと打ち消されるものだった。何故。その言葉だけが彼を埋め尽くしていた。メモリー内にいれていたサム・ウィトウィッキーのことを順々に思い出していくなかにひとりの少女の顔がある拍子に出てくると、彼はぱっと浮かんだ予想にそんなわけがないと強く否定し すぐに次のメモリーへ目を移した。彼女が助けてくれと懇願したなどと言うことがあっていいはずがない。彼女はディセプティコンやオートボット、オールスパークのことさえも知らない。それなのに、どうして懇願などできようか。そもそも自分は彼女を殺しかけたのだ。それなのに、どうして助けてくれなどと懇願するのか。彼はそこまで考え、馬鹿馬鹿しいと彼女の可能性を完全に消した。ブレインサーキットのなかでは 彼が聞いた彼女の最後の言葉が繰り返されていた。