「あなたがディセプティコンのバリケードですね」
彼が目を開けたのは淡々とした口調を扱うロベリアの声からだった。赤い目をひらく時に機械の音はせず、彼は普段と違うその小さな異変に舌をうつ。武器の機能と通信機能、その他危険とされるものをすべて取りはずされた彼は強制的に人の姿をとらされていた。人間の姿であれば小さく、暴れようにも少なくしか被害は与えられないとの予測による、実質上の無力化である。人の姿は大変彼の気に食わなかったが、ベッドに縛り付けられる生活よりはましだと思った。縛り付けられたままでは、抵抗も退却もなにもできない。彼はこの矮小で小さな姿であれば、隙を見て逃げ出すことも出来ると考えていた。苛立った心中のまま、彼はロベリアを睨んだ目つきで見る。その視線の鋭さと言ったら、それはそれは殺気立ったもので ロベリアは思わずすくみ上ってしまいそうだった。

「虫けら風情が俺に何の用だ」
「NEST部隊機密情報管理部のロベリア・ミーシックです。これからあなたには幾つかの質問に答えてもらいます」

秘書から受け取ったメモを開き言った言葉のなかにカフィ達に使ったような「よろしいですね?」などの確認はなかった。ロベリアにとって、これから行う尋問は強制的に行うものだ。目の前にいるディセプティコンは捕虜であり、こちら側に優位となる情報を手に入れることを説明された彼女からしてみれば、それは当然のことであるし、現在この基地にいる皆さえもがそう認識していた。それは間違えではなかった。彼がそれに答えるかどうかは別として。
「俺が答えると思うのか?」
人間の姿をした彼の頬が歪な笑みを作る。ロベリアは彼の目に愚かな人間として映っていた。心拍数は若干だが一定を保っていないし 体温も少々高い。恐怖し、混乱している。彼にはそれがわかっていた。ロベリアは確かに怖がっていたし、混乱もしていたが、それでも彼女の手元にあるメモ帳は彼女に淡々とした口調で質問を言わせていた。

「カフィにレティという少女を知っていますね?」

彼の表情が一瞬ほど固まった。何故この女がその名前を知っているのか。彼はメモリーのなかで彼女とレティのことを再生させ、知っている限りのことを改めて把握する。あのふたりは軍事と関わり合いがある人間ではなかったはずだ。では何故。ロベリアはメモ帳を見続けている。

「今から半年前にあったミッションシティでの戦いより前に、あなたが彼女たちと接触している可能性が非常に高い確率であるということはすでにわかっています。彼女たちとどのような関係だったのですか?」

ロベリアはそこでようやくメモ帳から目をあげ、バリケードを見た。だから先ほどの一瞬だけしかなかった彼の変化に気付けない。彼はこれまで、自分の状況を上手く把握していなかった。通信機能がとられ、ヒューマノイドモードという彼でいえば狭い体のなかに押し込められ、監禁に近い状態で過ごしてきたのだ。逃げ出すなんてことは早々できるものではなく、彼はなかなか武器と通信の機能を取り戻せないまま留まっているのが現状だ。たとえ逃げ果せて元の居場所へ帰ったとしても、役立たずの汚名を着せられ捨てられるだけである。彼は待っていた。情報の欠片が舞い込んでくるのを辛抱強く待っていた。そして今が、その瞬間なのである。
「知らんな。なんだその人間は」
彼はあざける顔をもってロベリアの問いを突っ返す。この女は情報を管理している。それは態度や恰好、持ち物や傍についている者からいって明らかだ。こいつはディセプティコンの情報がほしいのではなく、あのふたりがどのような理由をもってディセプティコンと接触したかが知りたいのだ。そしてあのふたりは金属生命体と、加えてディセプティコンと共にいたことがばれたために連行され、この基地のどこかに居る。彼が立てたその仮設は、即席とはいえ狂いのないものであった。ロベリアはディセプティコンの情報がほしいわけでなく、民間人が何故ディセプティコンと接触したのか その意味や方法が知りたいのだ。彼女はそれを報告書に書いて上に提出する義務がある。それがなされない限りは、彼女が恋い慕う己の家に帰れないからだ。彼は内心でほくそ笑む。このままロベリアと会っていれば、自分は脱出の機会を見出せる。それのためには、なるべく多くの回数を積まなければならない。だからこそ、彼はふたりのことを知らないと言って答えた。己のなかではそのためだけだと割り切っていた。
「とぼけないでください。あなたとふたりの接触は高い確率で」
「じゃあその当てはまらない確率とやらに当てはまったんじゃないか?意味がないのに恐れてまでここまで来て、ご苦労なことだな」
皮肉を交えて言った言葉に、ロベリアは眉を寄せる。彼はその様子を嫌らしく笑って見ていた。ロベリアはメモ帳を乱暴に秘書へ渡し、彼の赤い目を睨む。「数日後に本格的な尋問を始めます。そのときは嘘偽りなく答えるように」くるりと踵を返して扉へ向かう。秘書である青年は数秒ほど彼を睨んだのち、彼女に続いた。静かになった室内で、彼は思わずと言うように低い笑う声をこぼす。彼はこの室内に自分の同士があり、自分に向かってメッセージを出していたことを、とっくの昔に気付いているのだ。



(110926)