「ガイさんと二人で過ごすの、久しぶりね」
「……そうだな、朝焼けなんてみたのは久しぶりだな」
二人だけで過ごすなんて本当に久しぶりの朝だった。何も知らないような顔をして、ずっと離れて離れになっていた二人だけれど、ちゃんと心はつながっていることは知っているから。
暁の侵攻で少なくない犠牲を払いながらも木ノ葉や砂隠れは幾度も退けてきた。その中でフジは恩師を、ガイ先生は同僚だったアスマ先生を亡くした。
そんな悲しみに暮れる暇もなく次々と現れる暁の魔の手が少し緩まったところを見て、与えられた束の間の休息。
登ってきた朝日が眩しくてフジは泣きそうになった。愛しい人と見る朝日はこんなにも眩しくて美しかっただろうか。
これからもきっと暁との戦いは続くのだろう。その中でお互いに命を落とさない保証はどこにもない。他愛もなく交わした言葉が最後の会話になる可能性だってあるのだから。それでも今この瞬間だけは、隣にいる愛おしい人と過ごすこの時を噛み締めていたいと思った。
そう思って手を握ったら握り返されて、それを見たガイ先生が優しく微笑んだ。
それだけで涙が出そうなほど嬉しくなって。
もうすぐ朝日が完全に昇りきってしまう。そうしたらまた私たちは戦場へと赴くのだ。
フジは、繋いだ手をそっと離すとガイ先生の首に腕を巻き付けて抱きついた。
「フジ?」
突然のことに驚いたのか、戸惑ったようにフジの名前を呼ぶ声が聞こえる。
「……もう少しだけ甘えさせて。上忍でいるのも楽じゃないの、ガイさんに甘えていたいわ」
「……妻になったといってもお前はまだナルト達と同い年だからな、フジ」
困ったような声で笑う気配を感じたかと思うと、大きな手で頭を撫でられる。その優しい手にフジの目からはついにぽろりと雫がこぼれ落ちた。
本当はもっと甘えたかった。けれどこれ以上甘えてしまえば、任務に行くことができなくなってしまう。それはわかっていた。
だけど、もう少しだけこうしてガイさんのぬくもりを感じていたくて。
そんなわがままを叶えてくれたガイさんには感謝している。
でも、やっぱりまだ足りないのよ。わたしもあなたと同じくらい強欲なんだもの。
朝一番の風が二人の間を吹き抜けていく。内緒話をするみたいにさわさわと音をたてた。
「この前、アスマの葬式に来ていなかっただろ、フジ」
「うん……任務の最中で行けなかったの。アスマ先生にはお世話になってばっかりだったのに、悔しいわ」
アスマ先生がいなくなってしまってからしばらく経った頃、ようやく落ち着いた頃に、一度だけ墓参りに行ったことがあった。けれどその時は既に日が落ちていて辺り一面真っ暗だった。
結局、あれ以来一度も行ってはいない。
フジが行かない間もずっと、ガイ先生やシカマル達はアスマ先生の墓前に花を添えてくれていた。それがわかったから余計に足を運ぶことができなかった。
フジが行くまで、ずっと待っていてくれたことを知っているから。
だから、私はこれから先もあの人の眠る場所へ足を運べないだろう。
あそこで眠っているはずの人はフジの恩人と呼べるひとで、家に引きこもってばかりだった彼女を構ってくれたから。そして何より彼女はフジにとって家族のような存在だったから。
「アスマ先生はね、わたしにすごく優しくしてくれたの。近所に住むお兄ちゃんみたいなひとだったわ」
それでも、今日くらいは一緒にいてほしかったなんて言ったら怒られてしまうかもしれない。
きっと、寂しいと思ってしまうのは私だけではないはずなのに。
ガイ先生は何も言わずにただ黙ってフジの話を聞いてくれる。その優しさが今はありがたかった。
いつもならうるさいくらいの彼の声が聞こえないだけでこんなにも静かに感じるなんて知らなかった。
こんなにも静かな時間を過ごすことができるのならば、たまには悪くないかもしれない。ふいに強い風が吹いた。ざあっと木々の葉擦れの音が大きく響く。
風に乗って、どこからか桜の花びらが飛んできた。ひらり、と目の前に落ちてきたそれを拾うと淡いピンク色をした綺麗な花びらだった。
「桜だわ、ねえガイさん」
「おお、もう咲く時期だったか!」
「アスマ先生、会いに来てくれたのかしら」
辺りを見渡してもそれらしき木はなかったけれど、フジはアスマ先生が会いに来てくれたようで嬉しくなった。ちゃんと敵討ちはシカマルがしてくれたという。
今度、時間がちゃんと取れたらアスマ先生の墓参りにでも行こうか。ガイ先生の腕の中でそう思った。
「アスマ先生、わたしのところに会いに来ないで紅先生のところに行けばいいのに。ねぇ、ガイさん」
「あいつのことだから先に会いに行ってるだろ。その後にオレ達に会いに来たんだろう」
「……そうだといいわ。紅先生、身重だもの、心配になるわよね」
紅先生のお腹の中には新しい命が宿っている。それを知ったとき、みんなで喜んだ。
けれど、それももうすぐ終わりを迎えようとしている。
これからどんどん膨らんでいくであろうお腹に、無事に生まれてくるのか不安になってしまうこともあった。
フジの身にも起こりうることだ。新しい命のことを知った瞬間に夫の死を聞いた、なんて。それは嫌だと思った。だから、紅とアスマの子どもが無事に生まれることを祈った。
今は桜の季節だ。今年は少し遅咲きらしい。満開の時期に花見をしたいと思っていたが、どうやら無理なようだ。
「……戦争、だなんて」
「生き延びるには戦うしかない。……フジ」
「うん。必ず生きて会いましょう、ガイさん」
お互いに死ねないと強く誓った。
ガイ先生も、フジも、絶対に死ぬわけにはいかないのだ。
どんなに辛くても悲しくても、涙を流すことは許されない。この世界ではいつだって理不尽なことが起こる。
として生きるということはそういうことなのだ。
例え、仲間が死んだとしても。
それはいつか訪れる未来であり、避けられない運命であるのだと受け入れなければならない。それが忍というものだから。
フジは、それをよく知っていた。
ガイ先生との約束を果たすためにも、必ず生き延びよう。
「……見守っていてね、アスマ先生」
桜の花びらをそっと手放した。
そして、再びガイ先生の手を握る。
今度は指を絡めて。ぎゅっと思いっきり握ってみる。フジが手を離さないように。
まるで、離れないようにと願うかのようにして。
すると、ガイ先生の大きな手がフジの小さな手に重なる。そして、そのままガイ先生の胸の中に抱き寄せられた。
ガイ先生の心臓の音が聞こえる。とくん、とくん、と規則正しく脈打っていた。生きている音だ。その音をもっと聞きたくなって、耳をぴったりとくっつけるようにしてガイ先生の胸に顔を寄せる。
温かい。生きてくれている証拠だ。
その温もりを感じながらフジもゆっくりと瞳を閉じる。
こうしてガイ
「フジ、オレがお前を守る。……だから、安心しろ」
「うん、ありがとう。ガイさん」
きっとこの人がいれば、この先もきっと大丈夫。

幼妻ちゃんと追憶


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