白蛇を愛でる


マナヅルが感傷に浸っている間も無く、にゅるりと地面から人影が生えてくる。奇妙な配色をした男だ。半分は黒、半分は白、それに植物の葉のようなパーツがついている。
暁の構成員の一人で、名をゼツといった。マナヅルのツーマンセルの相手で、本来ならば共に行動するべき相手なのだが彼はそうはしない。リーダーといることが多いからだ。
飛段は彼を見て嫌そうに顔を険しくさせた。
「…ゼツかよ」
「ドウヤラ済ンダヨウダナ。長ッタラシイ儀式モ終ワッタカ」
黒ゼツが話す。
黒い方が黒ゼツ、白い方が白ゼツだ。
一人で二つの意思がある不思議な人物だ。
「どいつもこいつもうるせぇヤローだ!祈りを知らねー無神論者どもが!!」
飛段が吐き捨てるようにそう言う。
彼にとってジャシン様は絶対、ジャシン教の教えは守らなければいけない絶対的な掟なのだ。だが、暁に所属する忍は価値観も育ちも違う者達ばかりだ。
白ゼツと黒ゼツはそれぞれ飛段の言葉に返す。
「悲しい時は身一つ」
「信ジラレルノハ己ダケダ」
マナヅルは自分の腕にしゅるりと絡み付いてきた細い白蛇をひと撫でして呟いた。
「…信じられるのは白蛇たちだけだよ。この子達は絶対に裏切らないもの」
ーー人間たちと違って。
里でうちは一族が受けてきた扱い。
向けられる侮蔑の眼差しと軽蔑の視線。さらにはマナヅルはほおにある蛇の鱗が不気味だと一族内でも一部の者たちから受け入れてもらえなかった。それでも、白蛇達は幼かったマナヅルのそばに寄り添い、慰めてくれるように腕に登ってきた。
兄達は自分たちのことで忙しく、マナヅルを思ってくれていたけれどそばにいてくれることは少なかった。だからこそ、小さな蛇がマナヅルの理解者だったのだ。
「いいや違うな。信じられるのは金だけだ」
そんなマナヅルの思考を遮るように角都が静かに口にした。もう何度も聞いたそれは彼が歩んできた人生そのもののようにも聞こえた。詳しいことは聞いたことがないけれど、仲間を信頼しないその言葉は角都らしくもあった。
「あー!出たそれ!!お前のバイトのせいで人柱力探しが遅れてんだぜ!!だいたいよー、今回はマナヅルがいるからいいぜ?いなかったらよぉく道草食ってたじゃねーか」
「宗教は金になると言ってきたからお前と組んだんだ。暁のサイフ役を任されているオレの身にもなれ」
地図から顔を上げた角都はじろりと飛段を睨みつけた。よくある二人のやりとりだ。マナヅルはもうすっかり慣れっこだ。
「お金は大切だよね」
「ソンナコトヨリ、スグニ次を探索シロ。二尾ハオレガ預カル」
ゼツがユギトの身体を持って再び地中に潜っていくのを見届けた後、マナヅルははぁ、とため息を一つつく。
やはり、ゼツと話すのはいつになっても慣れない。いい加減になれなくちゃいけないんだけど、と思いながらいつも彼にペースを乱されてしまう。一人だと思ったら二人で話すものだから初めはひどく混乱したものだし。
「さっさと立て、飛段。次に行くぞ」
「はぁっ!?少し休んでから行こうぜ、角都ゥ」
えー、と嫌そうな顔をして立とうとしない飛段に角都はイラついた様子で声をかける。このままだと、本当に日が暮れるまでには火の国に入れないかもしれない。
マナヅルは立ち上がっていつまでも座り込んだままの飛段に声をかける。
「だめだよ、飛段。もたもたしてるとまたゼツに怒られちゃうし、本当にリーダーとかに知られたら大変だよ」
「ったくよー、どいつもこいつも急ぎやがって」
渋々といった風に立ち上がった飛段にマナヅルは満面の笑みを向ける。
三人はようやくがれきだらけになった場所から腰を上げて移動を始める。
やがて三人は酸素も薄くなるようなとげとげとした岩が多くある山を登っていた。二尾と戦った後に長距離の移動は正直体に堪える。自慢ではないが体力はない方だ、角都や飛段のように鍛えているわけでもない。
上がっている息を整えながら、角都と飛段を見失わないようにマナヅルは必死だった。
「ねえねえ、…かぁくずまだなのー?」
「どんだけ山奥にあんだよ」
マナヅルと飛段が角都に抗議の声を上げることはや数回。戦闘に長距離移動にとマナヅルはくたくた、飛段は歩き疲れて不機嫌そのものだった。
その度に角都は同じ返事をするだけ。
「もうすぐだ」
「ってずっとそればっかじゃん」
飛段が一度立ち止まったのにならってマナヅルも一度足を止めて息を整える。はふはふと上がった息を整えるのには酸素が足りない。随分と高いところまで来た気がするのは気のせいだろうか。
「おいおい、勘弁しろよ。また登りか!?これで人柱力がいないってことになってみろ。オレはキレるぜ」
鬱蒼とした木々をかき分けるようにして目の前に現れた階段を見上げる。ここまで来て飛段がとうとう声を荒げた。休みもなくずっとここまで来たのだから少しくらい休みたいというのはマナヅルも同じだった。
けれど、角都をイラつかせたら最後死ぬかもしれないからおとなしくしているのだけど。マナヅルの実力だと角都に敵うわけがない。
ひどく気分が高揚しているのも事実だ。強い相手と戦えるということは思う存分忍術を使えるということだ。
「ええ、また登るの…私もうくたくただよ…」
マナヅルと飛段が根を上げたところで、角都が妥協するはずもなかった。なんていっても角都は目的を遂行する男だからだ。
「マナヅルはともかくお前のことなど知ったことか。ガキみたいに喚いていると……殺すぞ」
「ったくよ…それをオレに言うかよ、角都」
「でも、どんな相手がいるんだろうね?楽しみだなぁ」
飛段は呆れたようにマナヅルに目線を向ける。疲れてはいるけれど角都がいうのだから行くしかない。殺されたくはない。
「お前はお気楽だな…」
「ん?」
にっこりと満面の笑みを向ければ飛段は一つため息をついた。けれど、ほんのりとそのほおが桃色に染まっているのをマナヅルは知っている。
そのやりとりを見ても、何も言わずに角都は階段を上り始める。
「無愛想なヤローだぜ。マナヅルには優しいのによ」
「かぁくずが優しいのは私にだけじゃないよ」
そう言いながらも飛段とマナヅルは角都について階段を登る。この先にあるのはおそらくお寺だ。
昔、まだ両親が生きていた頃に聞いたことがある。不思議な力を操る僧侶がいる寺が火の国にはある、と。
それを聞いてまだ幼かったマナヅルは胸を躍らせたものだった。幼い頃の記憶はとうに胸の奥に仕舞い込んだはずだったのにこうして時折蘇ってくる。
忘れるな、と言わんばかりに。
階段を登り切った先にあったのは二体の巨大な天狗の像だった。木ノ葉隠れの里の前にあるあうんの像にも似ている。
「…寺じゃねーか。こんなところにいんのかよ」
「さぁな。だが、ただの寺ではないからな。可能性は高い」
「……っ」
マナヅルはぎゅっと拳を握りしめる。もう後戻りは出来ない。火の国に来た以上、木ノ葉の忍との戦闘は避けては通れないだろう。
前回来た時ーーイタチと鬼鮫がいた時はうまく撤退できたものの、今回の目的を考えれば人柱力を捕らえるか、三人が死ぬまで交戦することになるだろう。
(死ぬかもしれないけど、私はやるしかない)
侵入者を阻むように立ちはだかる鋼鉄の扉は閉ざされていて、三人で押したくらいではびくともしなさそうだ。白蛇達で押し倒すべきだろうか。
角都はその鋼鉄の扉に近づきながら拳を握る。土遁・土矛を使ったことで手先が黒くなっていく。
大きく肘を引いて鋼鉄の扉を拳で殴りつける。
ドオオォンという激しい音と砂埃を巻き上げながら倒れた扉を見て、マナヅルは角都の凄さを再認識する。
「かぁくず、すごーい!」
「お前も早くこれくらいは出来るようになれ。パワーがなさすぎる」
「もっとメシ食わねえとな!」
「かぁくず達みたいには食べられないよ!!」
茶化してくる飛段にぷっくりとほおを膨らませながらマナヅルはよいしょ、と倒れた扉だったものに飛び乗る。
にわかに騒がしくなり始めた寺の内部にマナヅルは数匹の蛇を放つ。偵察と情報収集を兼ねた白蛇達は虹色の光沢を放ちながら、するすると消えていった。
「何事だ!!」
「封印鉄壁を破った者がおる!地陸様に報告しろ!」
御堂の中から出てくるのは法衣に袈裟姿の僧侶達だ。
「ジャシン教には回収してくれなさそうなツラしてんな。どいつもこいつも」
「陰気くさい顔ばっかり、本当にここにいるの?」
「あの衣、今噂の……、間違いない暁≠セ」
マナヅルの内側からひかりに照らされているような美しさに僧侶達も見惚れ、おもわず足が止まる。光を弾く紫がかった黒髪をふわんと揺らして、騒がしくなってきた境内を眺める。
「せいぜい楽しませてね…」
マナヅルが笑みを浮かべるとほぼ同時に御堂の奥から徳の高そうな僧侶が出てくる。気難しそうな顔をしていて、腰に丸の中に火という文字が描かれた布を巻いている。
あれが地陸か、とマナヅルは徳の高そうな
僧侶を見やる。
「あぁん?また徳の高そうなのが出てきたぜェ」
「徳だけではない。こちら側のビンゴブックでは三千万両の賞金首だ」
「ハン……オイ、金儲けが目的じゃねーだろうな。そんなんでボウズ殺ると地獄へ落ちるぜ」
「地獄の沙汰も金次第、望むところ」
階段を降り切ってこちらに向かってきた地陸が三人に向かい合う。睨まれただけで背筋が寒くなるような威圧感のある目にマナヅルは怯んだ。
だが、マナヅルとて暁の一員だ。そして、自分が最年少の抜け忍であることを自負している。負けていられない。
「貴殿ら、何用かは知らぬが大人しく帰られよ」
「無益な殺生は死ねぇってか。だが、こっちの宗派じゃそうはァいかねぇ」
「ここに人柱力はいなさそうだね。せっかくだし潰しちゃおっか、ここ」
「お前もやる気になったか、マナヅル」
「ずっと歩いてきてるし、飛段は二尾を怒らせるしさぁ。私いまね、すっごく機嫌悪いの」
「おぉ、怖ぇな」
怖い怖い、とわざとらしく肩をすくめて見せた飛段をじろりと見てから、マナヅルはもういちど地陸に目線を戻した。
こちらを睨みつける目線は威圧感に溢れている。おおよそ僧侶には似つかわしくない風貌だ。
「火の国に火ノ寺≠ニ謳われた忍寺だ。僧侶は皆仙族の才≠ニ呼ばれる特別な力を操るとされている。特にあの三千万両は火の国の大名を守る守護忍十二士に選ばれたこともあるエリート忍者だ。あの火の国の紋が入った腰布はその証」
マナヅルが先程見たのはその守護忍十二士の証だったらしい。
「へえ、それってスゲーの?」
「気を抜くな、死ぬぞ」
「だぁから、それをオレに言うかよ!!角都!!!」
「あんな奴、怖くないよ!」
三人は地陸を倒すべく駆け出す。