褐色の肩口にそっと唇を寄せる。その肌を彩る縫い目の一つを確かめるように唇をちゅっと押し当ててリップ音を立てれば、くすぐったそうに身をよじる姿が可愛らしい。
マナヅルは自分よりもずっと年上の恋人が大好きでたまらない。守銭奴で堅物な恋人だけれど、少しだけマナヅルに甘いところが愛しい。
折れそうな三日月が空に浮かんだ夜、ようやく二人きりの時間が取れて、会えなかった時間を埋めるようにぴったりとくっついた。邪魔くさい暁の衣は脱ぎ捨てて、忍装束だけになれば体温を分け合えるみたいになる。
マナヅルよりも少し低い体温に自分の体温が移っていく感覚になってほうっと息を吐く。
「お前はいつもくっついてくるな」
「だって、かぁくずの体温好きなんだもん」
そう言って角都の腹に手を回す。ますます密着できて好きな体勢だ。いつもならばくっつくな、とか離れろとか言うくせに言わない辺り、角都も少し寂しかったのかな、と思う。
背中に耳をぴったりとくっつけて角都の心音を聞こうとする。けれど、聞こえてこなくて顔をあげる。
角都の心音はやっぱり本来の位置にある心臓でしか聞こえない。けれど、少し安心する自分もいる。角都も人間なのだと思える。
「それに今日はすごく寒いからくっついてた方があったかいよ」
「……寒いのは否定せんが、そんなに寒くはないだろう」
暗にそれを理由にくっついていたいだけだろう、と言われてマナヅルはふふふっと楽しげに笑い声を漏らす。角都と過ごす時間が愛しくてたまらない。この人がどれだけ愛しいか、もう自分でもよくわからない。息をするように一緒にいて、行動を共にしてきたからかマナヅルの中ではイタチの次に角都の存在が大きくなっていた。
「だって寒くないと角都と一緒にいられないもの」
「夏にくっついてこられたら誰だって嫌だろう」
「夏でもわたしはくっついていたいの!」
じゃれつくように角都の腕の縫い目に唇を落とす。固くて黒い糸のようなそれは角都の肌を彩りながらマナヅルの唇に固さを教えてくれる。
身体中にある縫い目を数えたらいったいどれくらいになるんだろう。そんなことを考えながら縫い目の感覚を楽しんでいると、角都の腕がマナヅルの手を引いた。
「なぁに?」
「オレに顔は見せてはくれんのか」
「かぁくずも寂しかったの?」
促されて手を引かれるままに角都の前面に移動すれば、いつもよりもほんの少し優しい眼差しをした角都がいてマナヅルはその口を覆う布を取り去った。裂け目が入った大きな口と顔の縫い目があらわになる。角都の中でもいっとう好きな場所だ。
「いつ死ぬか、わからんからな」
角都は寂しさを隠すためにいつもそう言う。心臓を補充すれば生きていける角都と何をしても死なない飛段からしてみれば、マナヅルはとても非力な存在なのだろう。きっと彼らからしてみれば他愛のないことで死んでしまうのだろう。
「かぁくず、わたしがそんなにすぐに死ぬように見える?」
「見える。貴様は時々飛段よりもそそっかしい」
「それはね、角都がいてくれるから出来るんだよ。そそっかしいことも出来るし、死ぬようなことだってわたしは安心して出来るの」
角都がいなければ危険なことなんて出来ない。イタチや鬼鮫でもなければ、飛段でもない。角都だからこそなのだ。
ぎゅうっと抱きついて角都の背中に手を回す。広くてたくさんの命を見送ってきた角都の背中はたくましく、頼りたくなる。けれど、それと同時にどうしようもないくらいに脆くマナヅルの目には映る。誰かの死を見送る度にこの人が強くなることはなかったのだと思う。
暁に来た詳しい経緯は知らないけれど、マナヅルが生まれるよりもずっと前に初代火影と戦ったことがあると言っていた。それによる重罰がきっかけで里を抜けたのだとも。
きっとこのまま誰も角都を止められなければ、彼はずっと生きていくのだろう。悠久に近い時の中を誰にも寄り添われずに、一人だけ違う時間軸を生きていくことになるのかもしれない。
「かぁくず、どこにもいかないで。今だけでいいからわたしと一緒にいて」
「どうしたんだ、急に」
角都のことを考えていたら急に不安になって、気がつけばそんなことを口走っていた。悠久の時を生きていくこの人が今にも儚くなってしまいそうでぎゅうっと切なくなる。
どこにもいかないでずっと自分と一緒にいて欲しい。泣きたいほどに愛しくて、世界を壊しても足りないほどに狂おしい。
「角都がいなくなることが怖いの」
「……馬鹿か貴様は」
たくましい双腕を背中に回されて、密着するかたちになる。ずっと温もりを享受して生きていくことは抜け忍には難しい。けれど、ほんの一瞬ならば構わないと思う。誰かの温もりにすがりたくなることは忍でもある。人間なのだから。
「馬鹿でもいい……角都といたいもの……」
「死ぬまで離してやらんぞ」
「いいよ、わたしも離さないから」
いつだったか交わしたような会話をしながら、お互いの体温を重ねるだけの時間がゆっくりと過ぎていく。
角都とあとどれだけ一緒に過ごせるかはわからない。だから、今この一瞬が愛しくてたまらない。
もう何があっても怖くない。角都がいてくれるから、何もいらない。
「マナヅル」
「うん」
魔法の言葉のように呼ばれる名前が嬉しくて顔をあげると少しだけ笑ったような顔をした角都がいた。つられるようにして笑えば、また再び抱き締められる。
お互いの存在だけを糧に生きていけたらのならばどれだけ幸せなのだろう。ほんの少しの食事と寝泊まりする場所があればそれでいい。寒い時には寄り添って、暑い時は手だけを繋いで、角都と二人きりで生きていける未来があるとすればいい。
「……夜が明けるね」
角都の肩越しに見た空が白み始めていて、そう呟けば見るなと言わんばかりに頭を肩口に押し付けられる。辛い現実からマナヅルを隠すように角都は長い時間マナヅルを抱き締めていた。

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