なんの変哲もないごく普通の夜。任務に行って、角都のバイトの手伝いをしてから飛段と修行をしたいつもの日々。
なんてことのないことにも角都への愛しさが募り、このままだと思いに溺れて死んでしまうかと錯覚するほど。毎日思いを伝えても伝えきれない愛しさがマナヅルの中につもっていく。
昔、月になぞらえて思いを伝える手法が確立したといつだったか、鬼鮫が言っていたことをふと思い出す。さいわい、今夜は月がよく見える夜の晴れ間。星の光に紛れない月の光が降り注いでいる。
柔らかな月の光がマナヅルの紫がかった黒い髪を濡れたように照らしている。珍しく臨時収入が入ったと上機嫌の角都の隣にちょこんと座って、空を眺めている。
薄く雲をまとった夜空にぽっかりと浮かんでいる月が目を引いて、それだけを見つめる。周りの星は気にならないほどに月が印象的だった。
「きれいな月だね、かぁくず」
「……そうだな」
酌をしながらそう言えば、酒をあおりながら角都は答える。もうかれこれ二時間近くは酒やさぐを飲んでいるはずなのに涼しい顔をして、表情一つ変えていない。
もともと酒は強いたちなのか、たまに鬼鮫と顔を合わせては何時間も飲んでいることもある。その間飛段は隣で角都に付き合って飲んでいるが、二人がお開きにするまで隣にいたことはなかった。
そういう時、マナヅルは決まって二人の間を行き来しながら酌をする。男ばかりの暁でくの一のマナヅルは貴重なのだと鬼鮫が言っていた。
「月がきれいだな」
松葉色の瞳に月を写しているのか、角都はぼんやりとそう言う。少し酔っているのか涙で潤んでいる気がした。
角都の言葉の裏に何を隠しているのか、ふいに気付く。素直になんてなってくれない角都からの言葉の贈り物にマナヅルは思わず頬を緩める。角都の肩に頭を乗せてみる。
その瞬間に不機嫌な顔をしたものだからマナヅルはくすくすと笑う。今日はとても気分がいい。
「暑い、離れろ」
「少しだけ甘えさせてよ」
「いつも甘えてきているだろう」
頭を動かすと角都の長い髪が頬に触れてくすぐったい。
目線で角都を見上げれば褐色の肌がほんのり赤らんでいる。酔っているところなんて見たことがないのに、珍しく角都が酔っている。
だからか、普段より返ってくる言葉が優しい。とげが少し抜けた状態で返ってくる言葉がマナヅルの鼓動を加速させる。
「ねぇ、かぁくず」
「何だ」
「月はね、ずっと綺麗だったよ」
「……マナヅル…」
部屋の外でデイダラとサソリが言い争う声が聞こえるけれど全く気にならない。角都がいてくれて、マナヅルの側にいてくれるのであれば周りで何が起こっていても気にならない。
月はずっと綺麗でしたよ、という返しは鬼鮫に教えてもらった返しの一つで、伝える相手が特別であることを伝える。
マナヅルの言葉の意味に気づいたらしい角都が驚いたようにみつめてきて、しばらくして視線をそらした。
「そんな言葉、どこで覚えてきた」
「鬼鮫が教えてくれたの」
「……あいつにもそんな気構えがあったのか」
酒を一口飲み込んで、角都が月を見上げる。それにならってマナヅルも空を見上げれば柔らかな光を放つ三日月が二人を見下ろしている。
泣きたくなるくらいに幻想的で美しい光景だった。学のある人間であれば一句詠むかもしれないほどに風情のある風景はマナヅルの胸に強く焼き付く。
「でも、遠回しに言わなくても、わたしはかぁくずのこと大好きだよ」
角都にもたれて目を閉じる。このまま時間が止まればいい。辛いことも苦しいことも何もないままにずっと角都といられたら幸せなのに。
イタチを失う苦しみも、この先に待っている辛いことも経験せずに済むのならばそれでいい。イタチを失うことはマナヅルにとって、半身を引き裂かれる苦しみに匹敵するものだ。
「わたしはね、ずっとかぁくず達といられたら幸せなの……何もなくていいのに…」
「……出会いがあるから別れがある……ずっと一緒にいることは出来ない。それは貴様もわかっているだろう」
「分かってるよ……でも少しでも長く好きな人といたいって思うことってそんなに悪いことなのかな」
「抜け忍に幸せなど必要ない。オレ達は幸せになる権利はないからな」
涙でぼやけた視界が黒く染まる。角都の匂いが肺いっぱいに流れ込んできて、抱き締められているとわかった。
やっぱり今日の角都は酔っ払っている。こんなに優しいことは普段は絶対にない。
「ふふ、かぁくず酔ってる〜」
「うるさい」
腰を過ぎるまで伸びた髪を角都の大きな手に撫でられる。暁に来てから伸ばし始めた髪は人の手を加えられて、自慢できるまでになった。
「愛だの金だのと言っていられるのは生きている間だけだ。……お前は賞金稼ぎの片手間に構える女ではないことは確かだな」
「……かぁくず?」
「手は掛かるし、わがままで甘ったれでどうしようもない女だ……だが、他の女にされたら殺すようなこともお前なら許せる」
不器用な角都の愛の言葉にマナヅルはたまらなく嬉しくなる。戦闘はそつなくこなすくせに愛にはとても不器用な男が誰よりも愛しい。
顔に掛かってきた長い黒髪をそっとすくいあげる。癖のないまっすぐな髪は美しく、角都の気質を表しているようにも見えた。
「わたしは角都に殺されるなら本望だよ。貴方のために死ぬなら怖くない」
角都の広くたくましい背中に腕を回す。この背中に守られれば怖いことなんて何もないように思える。
「……愛を伝えられるのは生きている間だけ。だからね、わたしはたくさん角都に大好きって言うの」


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