とくん、とくん、と心臓の音が聞こえる。命を刻む優しい音楽だ。角都は確かに此処で生きている。マナヅルの隣で息をしている。
角都の心臓は五つあるけれど、心音が聞けるのは身体の本来の部分にある一つだけ。本当の心音は本来の部分にある心臓でしか聞こえない。あとの四つはお面に隠されて、心音どころか心拍さえ感じることはできない。
角都は夜中に悪夢にうなされて飛び起きることがある。里抜けの原因になった出来事の夢を見るのだと、いつか教えてくれたことがあった。
角都ほどの忍をそこまで追い詰めた忍が誰なのか知っている。何が起きたかまでは教えてくれなかったけれど、なんとなくわかる気がする。
その度にマナヅルは角都を抱き締めて眠る。この世界の怖いものは何もない、ずっと一緒にいる、と絶えず伝えながら眠るのだ。夢に怯える角都がいとおしくて、その髪を撫でながら眠るのが日課になりつつあった。
夜半を過ぎた今は角都に抱き締められながら、その鼓動を聞いている。落ち着いている、穏やかな心音が気の昂りが落ち着いたことを教えてくれていた。
人の体温が気分を落ち着かせてくれることはマナヅルもよく知っている。幼い頃、怖いことがあった時はイタチの布団に逃げていた。
「かぁくず」
「……何だ」
「もう心配ないよ」
耳をぴたりと角都の胸に押し付けて、そう言う。角都の不安を少しでも取り除いてあげたい。安っぽいありきたりな言葉しか掛けられないけれど、そんな言葉でも掛けたくなる。
そうでもしないと、角都がいつか悪夢に押し潰されてしまいそうな気がして。マナヅルの知らないところに行ってしまいそうな気がしてならない。
「マナヅル」
「なぁに?」
「……休め、明日も早い」
頭をぐいっとたくましい胸板に押し付けられる。角都の匂いがした。血と汗が混ざったような匂い。それがマナヅルを安心させてくれる。
角都の体温は心地いい。落ち着かせてくれる。
「かくず」
「寝ろ」
有無を言わさず繰り返されるが、マナヅルはまだ眠る気はなかった。今眠ってしまえば角都がいなくなってしまいそうで怖い。起きた時に隣に誰もいなかったら、と考えるだけで心臓が鷲掴みにされたようになる。
「夢を見た時はわたしを起こして、角都。わたしが角都を抱き締めるから」
「いつもお前が傍にいるとは限らん」
「角都の傍にいる。角都が死ぬまで一緒にいる」
マナヅルの言葉に角都がわずかに身じろぎする。顎を掴まれて顔を上に向けられた。目線が合う。松葉色の瞳が深い悲しみを内包しているのが見えた。
角都が悲しむ理由はマナヅルにはわからない。長い間生きてきたことによる多くの別れなのか、限りなく続く生への悲しみなのか。もしくはこの先に訪れる避けられない別れへのものなのか。
「どう頑張っても貴様の方が先に死ぬ」
「……角都」
「オレの能力を知っているだろう。心臓を補充すればオレはいくらでも生きていける」
その声は慟哭に似ていた。喉から絞り出したような、血を吐くような声。悲しみと命を知っている声だった。
「お前は……いずれ、オレの前からいなくなる」
「いなくならない!」
「不死身でもない貴様に何がわかる!!」
悲痛な色を帯びた怒号に身体がすくむ。
マナヅルは不死身ではない。心臓が五つあるわけでもない。けれど、寄り添って生きていくことは出来るはずだ。角都の心に寄り添って、一緒に歩いていくことだってきっと出来る。
マナヅルがいなくなったら、角都はきっと悪夢に押し潰されてしまう。幸せになってほしいとは言わないし思わない。けれど、ほんの少しだけでいいから誰かと過ごせたら。
「不死身じゃないからだよ!!だから、角都といたいの!」
「…どういうことだ」
「不死身だったら、ずっと生きていけるでしょ?だから、限りある命を角都と生きていきたいって思えるから……」
足りない言葉を必死にかき集めて思いの丈を伝える。なんて難しいんだろう。どうしても伝えたいこと程、言葉が足りなくて伝えられない。
「……お前は困ったやつだな」
「どうして…?」
はあぁと特大のため息をついた角都はマナヅルを抱き締める腕に力を込めた。少し痛い。苦しいけれど
「お前が死んだあとにオレが生きていたらどうするつもりだ」
「一緒につれていく。角都も一緒に天国に行くの」
「いや、違うな」
「え?」
「オレたちは地獄に落ちる」
「それでもいいよ、角都とならどこでも」
角都の腕と匂いに包まれてマナヅルはようやく目を閉じた。この愛しい腕のなかで眠れる幸福に浸りながら。

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