今年の夏は特に暑い。イタチと並んで歩きながらマナヅルはそう思う。
例年なら心地よい木ノ葉の森の木漏れ日も暑さしか感じない。鳥が鳴いても騒がしく感じるだけだ。涼を求めて木陰を探すが、だいたい狐や野犬などの動物が占領していて涼むことはできない。彼らもまた涼を求めてやっとたどり着いたのだろうから。
汗が顎を伝う感覚が気持ち悪い。顔に張り付いた髪の毛を払って後ろに流す。長くて綺麗な髪の毛は自慢だけれど、今回ばかりは暑くてうっとうしい。いっそのことバッサリ切ってしまおうか。
何度目かわからないため息をつき、マナヅルは太陽を仰ぎ見た。ぎらついた太陽がこちらを睨みつけていて、喧嘩を売ることはやめた。こちらが倒れてしまう。
「マナヅル、今度木陰を見つけたら少し休もう」
「うん…涼みたい」
イタチの提案に素直に頷いたマナヅルはふと空を見上げた。
雲ひとつない抜けるような青空が広がっている。一本線を引くようにトンビが鳴きながら横切っていくのが見えて、マナヅルは自分の額当てに手をやった。まるで、額当てに引かれた線のようだとぼんやりと思ったから。
「ねぇ、イタチ兄さん」
「どうした?」
「…サスケ兄さんは抜け忍になったんだよね?いつかは私達と対立することになるのかな」
もう一人の兄が里抜けしたと風の便りで耳にした。大蛇丸が一枚噛んでいることもなんとはなしに聞いている。きっと自分の力を狙っているのだろうということも。
大蛇丸と暁は因縁のある関係だ。
マナヅルは個人的に因縁があったり、白蛇の力を狙われたりと切っても切れない関係にある。名前の通り蛇のように食えない男だと思っている。
「……恐らく対立することになるだろうな」
イタチの言葉にマナヅルは視線を落とす。前日に降った雨で湿った土が見えた。どう言い表していいかわからない今の感情によく似ている。
どうして兄妹なのに争わなければならないのかわからない。一族が滅んだ時、マナヅルはその場にはいかなかったからイタチがサスケにどんな言葉をかけたのかわからない。でも、マナヅル達は唯一のうちは一族で、血を分けた兄妹なのに。
「私達は兄妹なのに」
「兄妹だから、と言うべきだな」
「……どういうこと?」
マナヅルはイタチを仰ぎ見る。険しい顔をした兄の虹彩が写輪眼を呈していた。つられてマナヅルも写輪眼を使えば、イタチは言葉を続ける。
「うちは一族が血族同士で争わなければ生き残れない一族だからだ」
イタチの言葉の真意が読み取れなくてマナヅルは瞬きを繰り返す。
血族同士で争わなければ生き残れない。その言葉が重たくのし掛かる。いずれは自分たちも争わねばならぬと言うようにイタチはマナヅルをじっと見つめた。
イタチは一族殺しの大罪を犯したから、なおさら言葉に重みがある。写輪眼がそうさせるのであろうことはマナヅルでも察しがついた。
うちは一族の血継限界が血で血を洗うような戦いの原因になるのならば、なぜこの力は与えられたのか。考えても彼女にはわからなかった。
そんなことをしなくても生きていける道はあったはずなのに、と思う。たくさんの命が失われていく戦争を幾度となく繰り広げてきた忍界で生きる自分が答えを出せるとは思えないけれど。
「サスケ兄さんと、戦うの?」
「……心配いらない、サスケと戦うのはオレだ」
「イタチ兄さん…」
そう言ってマナヅルの頭をぽんぽん、と撫でるイタチの顔は彼女の大好きな兄の顔だった。普段の表情が変わらない顔ではなくて、昔大好きだったイタチの顔だった。
ちょうどいい木陰を見つけて二人で腰を下ろす。肩を並べて座ったのは本当に久しぶりで、マナヅルはイタチの肩に頭を乗せた。
「……私はサスケ兄さんと戦わなくていいの?」
「お前は何もしなくて良い。オレが全てを終わらせてくるから」
優しい言葉の裏に隠された意味をマナヅルは悟ってしまう。イタチはサスケとの戦いで死ぬつもりなのだと。けれど、その決意を覆せるほどの力はマナヅルにはなかった。根から優しい兄はどう頑張っても誰かに頼ることはしないと知っているから。
言葉の端々から滲むイタチの優しさは自分だけに向けられたものではない。けれど、マナヅルが暁にいる理由はイタチそのものだ。イタチがいるから、生きているから暁にいる。それ以外の理由はほんの些細なものだった。
角都は死んだ。イタチが死ぬのならもうマナヅルはこの世に留まっている理由はどこにもなかった。
「イタチ兄さん」
「…うん?」
イタチの大きな手を握る。優しい温もりに溢れた手はどれだけ怖いことがあっても守ってくれた手だ。小さい頃からずっとこの手に守られて、助けられてきた。
イタチがいるから怖くない。マナヅルは無垢なままでいられる。けれど、いくら守られているからといっていつまでも何も知らない子どもではいられない。
「ねぇ、イタチ兄さん。兄さんの背負ってるものの半分で良いから私にも背負わせて」
「マナヅル…」
これは自分への誓いでもある。イタチに何が起きても自分だけは味方でいる、と決めたのだ。もし、それが兄との別れを意味していようとも。
「ありがとう。だが、お前は本当に何も心配しなくていい」
その柔らかな拒絶はマナヅルの誓いを破れず、尚更強固なものにしただけだった。
遠くない未来、ここではないどこかでマナヅルはイタチのために命を散らせるのだろう、と。

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