ぱちぱちと焚き火がはぜる音で目を覚ます。いつのまにか座りながら眠っていたようで、イタチの上着が肩に掛けられている。辺りはすっかり暗くなっていて、鬼鮫の姿はなかった。どこかに薪を探しに行ったのかもしれない。
「起きたか」
「うん。今度は兄さんが休んで、見張り変わるよ」
「ああ、頼む」
優しく微笑み掛けてくれるイタチにマナヅルは微笑み返す。上着を渡せばそれを体に掛けてころんと横になる。
火がはぜる音を聞きながらマナヅルはその背中を眺めていた。大好きな兄の背中はいつも頼れる背中だが、最近会う度に小さくなっている気がする。そのまま儚くなって消えてしまいそうなほどに青白くなった顔も気になる。
けれど結局聞けずじまいだ。聞いてしまえば全てが怖くなってしまう気がして。戦うのも話すのもそばにいるのも離れることも全部嫌になってしまいそうで怖い。
やがてイタチが小さく寝息を立て始めた頃、茂みがガサガサと音を立てて鬼鮫が薪を手に戻ってきた。火の中に薪を放り込んでから腰を下ろす。
「おや、イタチさんはお休みになったんですね」
「うん。私が休んでって言ったの。……最近兄さん疲れてるみたいだから」
「そうですねぇ、最近は特に戦い続きでしたから」
鬼鮫はマナヅルには何も言わない。戦いの中でなにがあった、とかイタチがどうだったか、なんて。暁の仲間達はそういった類のことを口にしない。
マナヅルもゼツに角都、飛段の二人と行動していてあったことなんて言わないし、この二人といたことも言わない。暁のツーマンセルは協力関係というより監視関係だ。お互いに仲間を裏切らないよう見張っている。
だからマナヅルは各ツーマンセルを監視する役割として彼らの間を点々としている。ゼツとのツーマンセルなんてあってないようなものだ。でも、こうしてイタチと会うのは本当に久しぶりのことだった。
「兄さんが少し痩せた気がするの」
「……イタチさん少食ですからねぇ。好き嫌いも多いですし、貴女と一緒で」
「うん、兄妹だからね」
皮肉のように食べ物の好みをからかわれて、少し嬉しくなる。マナヅルとイタチは食べ物の好みが似ている。というより、マナヅルがイタチの好みを真似したのだ。
甘いものが好きだったり、お肉が嫌いだったり。でも、好きなおにぎりの具材は違ってイタチは昆布、サスケはおかか、マナヅルは鮭だ。そこは兄妹三人とも違った。
「ですが、少し死に急いでいるような気はしますね」
「……鬼鮫もそう感じるの?」
「え?」
「私も、なんとなくだけど思うの。兄さんは近いうちに死んじゃう気がして……」
落ち着かなくなって指をクルクル回す。イタチが死ぬなんて考えたくないけれど、いつかは考えなければと思っていた話題だ。
「ほんとに貴女はイタチさんのことをよく見ていますね」
「大好きな兄さんだもの、当然だよ」
もううちは一族は三人しかいない。イタチとサスケ、それからマナヅル。みんな抜け忍で犯罪者。兄妹仲良く指名手配されている。でも、マナヅルにはイタチしかいなかった。大好きでかっこよくて、誰よりも強いうちはの天才。
マナヅルが白蛇を操ることを知った里の人から怯えられても、味方でいてくれた大好きな兄。いつだって守ってくれたイタチを今度はマナヅルが守りたかった。
「私ももう少しイタチさんといたいとは思いますよ」
名残惜しそうに鬼鮫からイタチに向けられる視線はとても穏やかだった。今にも涙があふれてもおかしくなさそうなくらいに優しい顔。
「私も」
マナヅルもイタチの背中に視線を向ける。
角都のことはもちろん大好きだけれど、それ以上に大好きなのはイタチだ。誰よりもどんな人よりも自分よりも優先したい人。きっと後にも先にもイタチより大切な人は出来ないだろうと自負している。サスケよりもイタチが大切だ。
「そういえば、マナヅル。貴女はサスケくんのことはどう思っているんです?」
「サスケ兄さん?」
鬼鮫の口から出た二番目の兄の名前に瞬きをする。どう思っているか。あんまり考えたことはない。
「んー、そうだなぁ」
唇を突き出して考えるのは昔からの癖。母親に兄妹そろってそっくりなんだから、と笑われたのは遠い昔のように感じる。
「もう一人の兄さんだけど、今はとっても遠い人かな」
サスケは幼いマナヅルの世界では大きな役割を占めていた。競争相手で悪友で喧嘩相手。でも、マナヅルがオビトに会ってから占める割合は少しずつ減っていった。強くなりたいという思いが大きくなって、サスケのことを考える余裕はなくなっていった。
「兄妹なのに、ですか?」
「うん。今の私には遠過ぎて見えないの。暁のみんながいるから、考える時間もないから」
イタチは近いうちに儚くなるのだろう。マナヅルの前からも鬼鮫の前からも居なくなって、消えてしまうのかもしれない。もしその時が来たら自分は迷いなくその後を追うのだろう。

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