しんと澄み切った空気がマナヅルの頬を撫でていく。清らかな生まれたての空が見下ろしている。朝の空気がまだ寝ぼけている身体を起こしてくれる。朝はマナヅルが一番好きな時間だ。身体がしゃんとして力がみなぎってくる。
焚き火を消して痕跡を無くしてから衣を着直す。寝転んでいたせいでくしゃくしゃだ。
「もう起きていたのか」
「うん。おはよう、かぁくず」
背後から愛おしい声を聞いてマナヅルはゆっくりと振り返る。まだ頭巾をつけていない角都を見るのは新鮮だった。
「珍しく早起きだな。飛段はまだ寝ているぞ」
「あははっ!飛段はいつものことだよ、かぁくずがまだ寝てるのにはびっくりしたけど」
マナヅルの隣に並び立った角都はいつにも増して身長が高く見えた。朝日に照らされて長く伸びた影が愛おしく見える。
角都の唇を見るのは閨でだけのはずなのに、こんな明るいところで見るなんて新鮮で背徳的に感じた。なんだかいけないことをしているみたい。
「飛段、起こしてくるね。そろそろ出発しないと」
「いや、オレが行く。お前のやり方だと飛段が起きない」
「二度寝されたら困るなぁ……」
角都の言葉に苦笑してマナヅルは近くにあった岩に腰を下ろす。朝日を浴びるのは気持ちがいい。
飛段を起こしに行く角都を見送ってから、朝露が輝く葉を眺めたり、頬を撫でていく風を感じた。自然がこれほど美しくて素晴らしいものだと知ったのは暁に入ってからだ。朝露のきらめきも朝の風の冷たさも、雨の安らげる音も全部暁に入ってから気づいた。
角都が教えてくれたこともある。飛段が教えてくれたことも、鬼鮫やデイダラ、サソリが教えてくれたこともたくさんある。暁の仲間達はマナヅルにとってはかけがえのない人達だ。イタチは誰よりも大切で大好きな人で、失いたくない守りたい存在だ。
反対に守られていることが多いから、早く強くなりたいと朝を迎える度に思う。
遠くから飛段が怒る声とそれに応える角都の声が聞こえてマナヅルは岩から立ち上がる。そろそろ行かないと目的地まで着く前に日が暮れてしまいそうだ。
「いってーな、角都!!」
「いつまでも寝てる貴様が悪い」
「あぁっ!? ンだとコラ!!」
売り言葉に買い言葉。飛段は武器を構え、角都は黒い触手を覗かせる。完全に二人とも戦闘の構えに入ってしまっている。
「かぁくず、飛段そろそろご飯にしよう〜!」
「あのなァ、マナヅル……」
気抜けした声で飛段は肩を落とす。
朝の気持ちいい空気が台無し。けれどそれもいつものことだ。もうすっかり慣れてしまった。
二人が本気で殺し合うことは無きにしも非ずだ。飛段は不死身だけど、角都は心臓のストックがなければ死んでしまう。大好きな二人を失わないためにもマナヅルはわざと普段よりも子どもっぽく振る舞う。
「だって二人とも戦い出したら長いんだもの。予定通りにつかなくなっちゃうよ」
ぶすくれたように言う。わかりやすくため息をついた角都が仕方ないと言うように触手をしまい、林の方に歩き出す。食材を探しに行くのだろう、マナヅルも後を追う。
「かぁくず、今日の朝ごはんはなぁに?」
「食えそうなものを探せ」
「はぁ〜い」
不機嫌そうな顔をしていつも考えているのは至極真面目なところが大好きだ。マナヅルは暁の仲間達のことは平等に好きだけど、特に角都には特別な感情を持っている。
年齢なんて関係ない。生まれた時代が少し違っただけ。恋愛感情が生まれてしまったんだから、諦める理由なんてどこにもない。
食べるものを探しながら林を進んでいくと小さな川を見つけた。清流のようで小さいながら魚も泳いでいる。
「角都!魚が泳いでるよ!」
「食えるやつか?」
「んーたぶん!」
角都がのしのしと歩いてきて、川を覗き込む。
「食える魚だ。オレがとって戻るから、マナヅルは飛段と火を起こして待っていろ」
角都の言葉にはどれも重みがある。長く生きていて培った経験から発せられる言葉はマナヅルに響く。
頷いてから薪になりそうな木を拾って戻ろうと歩いていく。
ふわりと風が頬を撫でた。顔を上げれば、林の間から降り注ぐ木漏れ日がとてもきれいだった。
世界はきらめきと美しさに満ちている。時に優しいばかりの世界ではないけれどマナヅルは変わらず角都たちと生きていくだけだ。

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