角都はお日様の匂いがするの。
マナヅルはことある度にそう言って角都の肌に柔らかな頬をすり寄せる。真っ白な肌がほんのりと桜色に色づいて、甘やかな声で名前を呼ばれることはすっかりと慣れ親しんだ状態だった。
縫い目が目立つ醜い肌の何がいいのかはわからないが、暁の衣を脱いで落ち着いたらいつものように甘えてくるのだ。交戦中や移動中は全くそんな様子は見せずに甘ったれたように名前を呼ばれるだけで、後ろをとことことくっついてくるだけだ。だが、火を起こし食事を済ませれば飛段なんてそっちのけでまっすぐに寄り添ってくる。
はじめこそ疎ましかったものの、今ではその温もりが一つの救いになっている時さえある。それは本人には言うつもりはないけれど角都の糧になっていることは確かだ。ずいぶんと絆されたものだと自嘲する。
マナヅルのぬくもりが角都の中で大きく割合を占めていることはもう疑いようがなかった。どこかの隠れ里の姫君と言っても通るような美貌を持ち合わせながら、甘ったれていて目の離せない存在になっている。危うく消えてしまいそうな儚さとイタチのためならばその命さえ投げ出してしまいそうな愛情の深さには角都も驚くことがしばしばある。
夜半、滝の国との国境で野宿をすることになった角都達は火を起こし少し遅めの夕食を終えたところだった。焚き火に当たりながらうとうととしているマナヅルを見て、角都は脱いでいた暁の衣を掛けてやる。
「寝ずの番はオレがやる。もう休め」
「ん……でも、かぁくず……つかれてる…」
こくこくと船を漕ぎながら言われても全く説得力がないことに呆れながら、角都はその隣でビンゴブックを開く。次の標的に印をつけながら隣の小さな頭が自分の方にもたれてくるのを見た。
疲れているのはどっちだ。
角都は内心そう思いながら次のページを開く。出来るだけ設定金額の高いやつを狙いたい。
「ん、マナヅル寝ちまったのか」
「余程疲れたようだな」
後ろからひょっこりと顔を出はした飛段にそう返して、角都は視線をマナヅルに向ける。かしましい口は閉じて、穏やかに寝息を立てている。
くうくうと眠っている姿はとても無防備で忍であることを忘れているようにも見える。何かにすがるように角都の上着をしっかりと握り、呻くように時折声を上げた。
「黙ってりゃ可愛いのによ」
「同感だな」
黙っていれば作り物じみた美しい顔立ちや抜群に整った体つきから色茶屋でも人気が出そうだが、その口からはかなり過激な言葉が飛び出すことも多い。交戦中はそれを頼もしく思うこともあるが、やはりまだ危うさが抜けない。
「なぁ、角都。これからどこ向かうんだ?」
「火の国だ。火の国は広い。しらみつぶしにいくぞ」
「それ、遅れてんのってテメーのバイトのせいだからな!!」
おい、角都!と声を荒げた飛段の口を塞いで目線でマナヅルを示せば彼はこくこくと頷いた。
「……最近マナヅルの眠りが浅い。眠れる時に寝かせてやりたい」
「ゲハハッ、ずいぶん絆されてんな角都ゥ」
けらけらと笑い声を上げる飛段に角都はぐうと唸ることしか出来なかった。絆されている自覚が自分にもあるからだ。
最初は何でこんな子どもを、と思っていたのが今は目が離せなくなり愛しさに似たようなものまで感じるようになっているのだから。時間の流れは恐ろしい。
マナヅルは角都にもたれたまま眠っている。飛段の声にも目を覚さないとなればかなり疲れている証拠だ。
かぁくず、なんて舌足らずで甘ったれた調子で名前を呼ばれても嫌な感じはせずに、ひとつ温かな感情が降り積もるだけだ。最近飛段に影響されたのか危ないことにも手を出そうとしていたところを止めたら反抗的な態度を取られたこともある。
「……そうかもしれんな」
マナヅルの顔にかかった髪を払ってやって、またビンゴブックをめくる。そのページにはマナヅルの兄の姿がある。
木ノ葉隠れの里の抜け忍であり一族殺しの大罪人。角都は関わることはあまりないが、マナヅルにとっては大切で大好きな兄なのだ。角都といる時でもマナヅルはよくイタチの話をする。
その様子を見ていると落ち着いた気持ちになり、角都も話に相槌を打つようになった。兄さんがね、と無邪気な声で話すマナヅルは殺伐とした生活に花を添えるようだった。
「飛段もそろそろ休め。明日も早い」
「まぁた歩くのかよ…」
「馬を借りるにしても何にしても金がかかる」
飛段はぶつぶつと文句を言っていたが、やがて観念したように横になった。すぐに眠りに落ちたようでこちらもまた穏やかな寝息を立てる。
焚き火の隣で眠る相方と自分の肩にもたれて眠る自分の女。その左右の寝息に誘われたように角都も大きく欠伸をする。さすがに交戦や移動の疲労がたたったようで、少し早めに角都も休むことにした。
ビンゴブックを閉じてしまい込む。
肩のぬくもりに目線をやれば大きな瞳がこちらを見ていて、三日月を描く。
「かぁくずも休んでいいよ。見張りはわたしがやるよ」
「……あぁ、そうさせてもらう」
「上着、ありがとう」
肩にかかっていた角都の上着を渡されて、それを羽織る。冬が近くなってきているからか寒さが身に染みるようだ。
「おやすみ、かぁくず」
「おやすみ」
甘えた声でそう言われれば角都も小さな声でそう返した。夜はまだ明けない。

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