番外)南野くんとバレンタイン
年が明けて暫くすると、二月の『あの日』に向けて何処もかしこもにわかに様相を変えてゆく。商魂たくましい企業戦略の代表――バレンタインだ。
女性が男性に想いを打ち明ける日。表向きはそういった綺麗なお題目が掲げられているが、正直に言うと、オレはこの時期が苦手だ。
人間として円滑に、悪目立ちしないようにと、何事もそれなりにやってきたら、皮肉なことに、それなりに目立つ存在になっていた。あくまで優等生という形であるし、母が喜ぶのでこのスタイルを続けている。が、やはりこの時期は面倒だと感じてしまう。
「リア充は爆発しろ! 南野、お前も爆発してしまえ!!」
「爆発は勘弁して貰いたいですね」
いつもなら多少の軽口を叩きあうクラスメイト(男)達のコメントが厳しい。ただの視線ですら痛い。というか、オレを見る目が荒んでいる。(確かに『彼女』持ちの身ではあるが)
「今年はさらに改良を加えて……」
「そうね、地黄(じおう)や附子(ぶし)って漢方を入れると効果が上がるって本で読んだわ」
そして別のクラスメイト(女)達は、時々オレをチラリと見ては不穏な話を続けている。聞こえないと思っているのだろうが、恐ろしい会話が耳に届いて寒気がする。
彼女たちは去年、手作りのチョコレートをくれた。「せっかくのバレンタインだからみんなに配ってるの。南野くんにも貰って欲しいな」と言われると断りにくい。だが仮に今年も貰ったとしても、決して口にはしないと決めている。
オレ(妖怪)であっても無事ではすまないと予想がつくからだ。去年の例もあるが……先ほど彼女達が挙げていた、地黄と附子は媚薬、ひいては惚れ薬の材料とされている。効果のほどはともかく、成功しても失敗しても悪い予感しかない。
附子の別名は、トリカブトだ。
「秀ちゃん」
振り返ると、爆発しろと言われた理由――自分の『彼女』が申し訳なさそうに手を合わせていた。
「今日も行くの?」
「うん、ラストスパートなの。ごめんね」
今日も一緒に帰れないと、謝られてしまった。
いつの頃からか、すっかりバレンタインに義理の文化が浸透していた。ここのところ彼女は、義理チョコやら友チョコやらの準備で忙しそうにしている。今日も幻海師範の家に雪村さんや雪菜さんと集まるのだとか。
「楽しみにしててね」
笑顔で宣言する彼女に「楽しみにしているよ」と笑顔を返す。どうやらオレの分も頑張ってくれているらしい。しかし、まだしばらく放って置かれる事になりそうだと、知らず溜息が口から洩れた。
おまけ
「どーした桑原、食わねーのか? けっこー美味いぞ」
「………オレ、死んでもいいかも」
「あの子(雪菜)に貰ったっつっても、螢子たちとの合作だろ? どーせ義理だ。義・理」
「例え義理だとしてもオレには無理だ! 食えねぇ!! なぁ、これ冷凍したら、ずっととっておけるよな!?」
「知るか」