【幽遊白書】 終わりの日、始まりの日 | ナノ
7.幾星霜の孤独を誇る


 鬼に向けてナイフを構える。が、相手は嘲笑するように鼻で笑った。
「身の程知らずだね。力量の違いも分からないのかい?」
「わかっているさ……、だが、自分のものを奪われるのは癪でね」
 攻撃を繰り出そうとした、その時、ふわりと花が舞った。数多の紅い花弁が秀一を取り囲み、待ったを掛けるように舞い踊る。
「そうそう。拒まれたとベソをかいてウジウジしておりましたので、ついでに連れてきましたぞ。坊ちゃんは否定されましたが、本人はあなたのヨメでゲボクでシニガミだと申しておりますが」
 ホウコウの背からおずおずと出てきたのは、あの時の少女だ。
 鬼が少女を指して、あっと声を上げた。
「お前、返せ! それ、気に入ってたんだからな!」
 少女は、がなる鬼など全く眼中に入れずに秀一に手を伸ばした。あまりにも真剣な、懇願するような目。秀一は思わずその手をとった。彼女から感じるのは、現在の秀一の――保利から吸い取っただろう――妖気と、かつての自分の残り香だ。驚愕に目を見張る。
 そうして、ようやく理解した。
「……そうか、また会えるとは思わなかったよ。離れてみて分かった。オレにとって、君はなくてはならない存在だ」
 ボンッと顔を赤らめた少女は、次の瞬間、パァンと破裂した。少女の皮を脱ぎ捨て、四方八方へと手を――刺にまみれた茨を伸ばした。そうして、秀一の周囲にくるくると巻き付き、ポンッ、ポンッと大輪の花を咲かせる。
「……なんとまぁ。魔界の植物は豪快ですなぁ」
 ホウコウがそう述べるのもかくや、というほどの薔薇の乱舞だ。
 それらがシュルシュルと音を立てて秀一の手の中に収束した。主人を求めて追ってきた健気な花の種を握り締めた秀一は、クスリと笑った。妖気を込めると、鋭い刺で覆われた鞭となった。
「そんなものでどうしようっていうんだ? ……いや、その武器、見覚えがあるぞ。お前、まさか」
 鬼が後ずさる。
「いちいち名乗る趣味など無かったが、オレを知っていたようだな。それなら、鉄をも切り裂くコレの切れ味も、知っておけ」
 秀一が腕を振った。
「お前は、残虐非道の妖狐、ク」
 最後まで口にする間を与えられず、鬼の四肢はバラバラに切り刻まれた。奇しくも、自身が宣言した処刑方法で。
「なんとまぁ……」
 ホウコウが呆れた声を出した。
「坊ちゃんも、なかなか豪快ですな」
 ズズズ……と、ホウコウが立つ場所がズレてゆく。次いで、秀一のいる場所も傾いていった。激しい轟音を上げて橋が崩れてゆく。秀一が鬼ごと切り刻んだのだ。久々なので加減を失敗してしまった。
「ヤレヤレ、老体にも鞭を打ちますかな」
 ホウコウの身体が音を立てて変化してゆく。暗灰褐色に変わった腕が、落下する化生や秀一を拾い上げて岸へと運ぶ。彼の正体は、先の尖った楕円形の葉や、短冊状に裂け目が入った樹皮を持つ巨木――楠だ。
「ホウコウ……そうか彭侯か、お前は裏山の……」
 再び人型をとった彼は、ツルリとした頭に拾い上げたハットを乗せた。
「ホウコウ、カハク……ワタクシの呼び名は沢山ございます。ですが、今日はナンジャモンジャの気分ですので、そうお呼びください」
 彭(ほう)侯(こう)とは長寿の木に取り付く妖怪の名称で、花魄(かはく)とは首を吊った自殺者達の無念が凝り固まって生まれる妖怪を指す。そして、ナンジャモンジャとは、楠の別称だ。
「忙しいヤツだな」
「そうなのです。老体ゆえ、そろそろゆっくりしたいと思いましてな。坊ちゃんがヌシを引き継いで下いますと、大変ありがたいのです」
「……考えておく」
「おお、引き受けてくださいますか! ありがとうございます!」
「待て、引き受けるとは……」
「ほんに坊ちゃんはくーるでございますな。えぇ、えぇ。ですがこれで、お母様の護衛をげっとですぞ!」
 そうだ、コイツとの会話は非常に疲れるんだった。とゲンナリしたが、護衛という言葉に少し迷ったのは確かだ。視界の端に、山の化生たちが嬉しそうに飛び跳ねているのが見えた。
 川を見ると、橋の残骸と共に、自分の鞄が流されているのが見えた。中身は中学受験用の教材だ。ちょうどいい、と少し笑う。
 彼女から――あの、ぬるま湯で満たされた場所から逃げ出したかったのはなぜか。静かに自問する。
「ところで、坊ちゃん」
 おそらく、弱者である自分に、魔界とは異なり、弱者であることが許される環境に戸惑っていたのだろう。そうに違いない。
「お名前をお伺いしてもよろしいですかな?」
 秀一は、僅かに口の端を持ち上げた。
「……蔵馬だ」

 思い出せ――オレは、オレだ。

(了)
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