番外)現パロでコメディ話 2
「ハッハッハ。昔交わした他愛ない冗談じゃ。嫌なら強要せんわい」
という、何とも気の抜けた祖父の一言により、お見合い話は決着となった。
振り回された雅は精神的に大ダメージを受けたが、わざわざ足を運んだ三日月の方がくたびれただろう。と、三日月を伺うと、何やら考え込んでいるようで、顎に手を当てている。
「のう祖父殿、しばらくここへ居候させては貰えんか?」
え、と驚く雅が口を挟むより前に、祖父が問うた。
「なぜじゃ?」
三日月はチラリと雅を見やった。
「制服姿の彼女を見てな、俺も高校へ通いたくなった」
「何じゃと? お主、その年でもう働いておるのか?」
「いやいや、手伝いはしても一応学生だ。中学までは山一つ超えたところにあったのだが、高校は通える距離になくてな。通信教育で済ませている」
何でも、電気もガスも水道も通っていない山奥暮らしだという。今時そんな生活を送っているとは。雅はもちろん、祖父も驚いた。
「宗近のじじいめ、文明嫌いに磨きがかかっているようじゃの。じゃが、毎年やり取りしておる年賀状の住所はそこそこの街中であったと記憶しておったが、引っ越したのか?」
しかし、三日月の口ぶりでは山暮らしが長いようだ。祖父は首を傾げた。
「私書箱というやつだ。週に一度、買い出しを兼ねて山を降りるときに受け取りに行っている。今の暮らしは不便もあるが楽しくもあるが、やはり、将来を考えると、学校に通いたいと思うようになってな。だが、他に頼れる者もいない。父の友人である祖父殿ならばと思ったのだ」
「こちらに通いたい学校があるのか?」
「正直、通えさえすればどこでもよい。味気ない自習の日々より余程大きな学びとなる」
「ふむ……」
祖父は腕を組んで虚空を見上げた。
雅はというと、すっかり口を挟むタイミングを見失ってしまって一人茶を啜っていた。客間の座卓で祖父と共に三日月に向き合う形に座っているのだが、すっかり蚊帳の外だ。会話だけ聞いていると、年寄りが二人いるようだ。などと呑気な感想を持ちながら、お茶請けに用意した最中を頬張った。
「よかろう、古い友人の息子の頼みじゃ。のう、雅?」
話を振られた雅はゆっくり咀嚼し終えたあと茶を飲み、ヤレヤレとうなづいた。
「同じ高校生として、将来に備えたいという気持ちは理解できます。そのような理由なら仕方ありませんね」
話を聞いていた雅も、祖父同様、彼に同情を寄せていた。仕方がないと了承する。しかし、了承を得られた当の本人は、喜ぶでもなくポカンと口を明けて間抜けな顔をしていた。
「おい、小僧。どうした?」
「……こんなに簡単に許可が貰えるとは思っておらなんだ。自分で云うのもなんだが、本当によいのか? 俺のような若い男が、彼女とひとつ屋根の下で寝起きを共にするのだぞ?」
祖父は大きな声で笑った。
「ハッハッハ、もちろん分かっておるわい。じゃからな」
急に声のトーンを落とした祖父は立ち上がり、正座をした三日月に、グググと顔を寄せた。
「お主には離れの別邸を貸そう。あそこには簡易じゃが、台所に便所、風呂だってある。よほどの用がない限り、母屋へ立ち入ることは許さんぞ?」
と、笑って三日月に凄んだのである。が、
「はいはい。お爺さまのお気遣いは大変ありがたいのですが、お食事とお風呂をそれぞれで用意するのは、手間と時間と食材の無駄でしかありません。部屋は離れでいいとしても、あとは一緒でいいではありませんか」
雅自身がバッサリ切って捨てた。
「なっ、じゃが、儂はお主を心配してだな!」
反対されるとは思っていなかったのだろう。祖父は目に見えて動揺した。
「そもそも、お爺さまが冗談で進めたお見合い話が原因でしょう。これに懲りたら、お酒もほどほどになさってください」
「うっ……」
ぐうの音も出ないとはこのことか。雅が家計と家事を取り仕切っていることもある。祖父は悔しそうに呻いて白旗を上げた。
++++
その夜。
自室の部屋の布団に腰を下ろした雅はコロンと横に転がった。夕飯の準備に始まる家事に加えて、三日月の部屋の準備などの雑事で、すっかりくたびれてしまったのだ。
就寝時間には早いが、風呂には入った。もう寝てしまおうか。と、のろのろと着替えのパジャマのボタンを止めながらウトウトしていた。
「雅ちゃん、いいか?」
半分眠りかけていた頭に三日月の声が届いたのは、2、3秒ほど経ってからだった。身体を起こして部屋の入口へと進み、障子戸を開いた。
「ふぁい、何か……、分からないことでも、ありましたか?」
欠伸を噛み殺し、目元をこする。最後でいいと言ってくれた彼に風呂を勧めてどれくらい経っただろうか。タオルは用意したが、分からないことでもあったのかもしれない。
「……三日月くん?」
返事がない。不思議に思って見上げると、なぜか真っ赤な顔で固まっていた。
「長湯してのぼせてしまいましたか? お爺さまご自慢の檜のお風呂ですから気持ちは分からなくもないですが、ほどほどにしないといけませんよ?」
と、やんわり注意してみても返事がない。あぁ、だとか、うぅといったよくわからない声は上げているのだが、意味のある言葉とは思えなかった。
「昼間の礼をと思ったのだが、このような時間に、す、すまなかった」
雅から視線を外し、ギクシャクとした動きで身体の向きを変えて立ち去ろうとする。
「はぁ、お構いなく」
よくわからないまま、去ってゆく彼を眺めていたが、突然、三日月はクルリと身体を回転させて早足で戻って来た。
「雅ちゃん」
「はい?」
雅の両手を取った三日月の顔は、やはり真っ赤だ。
「やはりこれだけは言っておきたい。聞いてくれるか」
「はぁ、何ですか」
「俺は嫌ではないからな!」
と、それだけ言ってから、逃げるように去っていった。ポツンと一人取り残された雅は、言われた意味が分からず、首を傾げた。
「……嫌ではない?」
食べモノの話だろうか。これから食事を作るにあたって、昼間、アレルギー諸々の質問を行った。だが、嫌いなものや苦手なものは特にないと言っていたし、と、今日の出来事を思い返しながらしばらく考えこんだ。
――嫌なら強要せんわい。
パチリと瞬きをする。脳裏を過ぎったのは、お見合い話を笑って否定した祖父のセリフだ。
「……え?」
ふと、部屋の姿見が目に入った。鏡の中には三日月に負けず劣らず真っ赤な顔をした自分がいる。
パッと目に飛び込んできた白に息が止まる。パジャマのボタンを掛け違え、下着が覗いていたのだ。
「えぇぇええええ!?」
昼間、なぜ祖父の案を却下してしまったのか。顔から火が出んばかりの羞恥を感じながら早くも大いに後悔することとなった。