【刀剣乱舞】月夜烏・改 | ナノ
15 戦場


 小さな仏堂の中で、手を取り合った男女が事切れていた。女の腕の中には女児の姿もあったが、既に息はない。
 じきに仏堂は炎で包まれた。勢いよく猛る炎が全てを飲み込んでゆく。稀代の英雄と称えられた男が手にした、栄華も悲哀も、その全てを。
 彼の青春を育んだこの地で、血の繋がった兄弟よりも深い情で結ばれた相手の手によって灰燼に帰そうとしている。
 男の手にあった短剣が、陽炎のようにグニャリと歪んだ。
 カツンと下駄が鳴る。
 どこから現れたのか、一本歯の高下駄を履いた童子が、物言わぬ男をジッと見下ろしていた。
 童子は異様な姿をしていた。頭から血を被ったように真っ赤だ。死んで間もない人間の魂を狩りに来た、蝦夷(えみし)に住まう悪鬼羅刹の類かと思われたが、男に注がれる慈愛に満ちた眼差しが全てを否定した。
「しってましたか? しゃなおうさまのころから、ぼくはあなたがだいすきだったんです。さいごまでずっといっしょですよ」
「がはははは! 俺もおるぞ! みなで浄土へ参ろうではないか!」
 外から聞こえてきた声に、童子は口に手を当ててフフフ、と笑った。
「それじゃあ、これからもずっといっしょですね!」
 炎に炙られた柱がバチンと弾けた刹那、童子の姿が掻き消えた。
 男の手の中の、血に濡れた短刀が炎を映し出す。あかく、あかく、鮮やかに色めいた。


++++


 雅が辿りついた場所は、傾斜のきつい山の中腹だった。今度は元いた時代から23世紀の政府へ向かった時のように、闇の中を彷徨うこともなく、扉を潜ったと同時に地面を踏みしめていた。
 三日月宗近はどうしただろうか。考え込みそうになるが、目的を思い出して辺りを見回した。垂直に伸びる杉林の向こうに、薬研藤四郎らしき後ろ姿を見つけた。彼とともに数人の人影が見える。
 彼らは慣れた足取りで、どんどん先へと進んでゆく。
 見失っては大変だ。すぐに追いかけたが、険しい山道に慣れない雅は何かにつけて足を取られ、中々距離を詰めることが出来なかった。このままでは離されてしまう。
 まってくれ、と大きな声で彼の名を呼ぶ。
 その時、ドドド……と、地を揺らす重低音がこだまし、雅の声がかき消された。麓からだろうか? 音がする方角に首を向けたが、杉林に遮られて確認することは出来なかった。
 薬研たちの方へ視線を戻す。
「……え、ええ!? 薬研藤四郎殿!?」
 彼らは忽然と姿を消していた。
 また声を張り上げてみるも、薬研藤四郎が姿を現すことはなかった。
「もしかして、迷子になってしまった……の、では……」
 呆然と立ちつくした。
 険しい山の中でひとりっきり。
 先ほどよりも明らかに状況が悪い。本丸らしき場所から、名も知らぬ自然溢れる山の中へ。しかも慌てて追いかけてきたものだから、寝巻きの浴衣姿で裸足という格好だ。焦ったがゆえの行動だったとはいえ、間抜けにも程がある。
 カァ……カァ……
 頭上でカラスが鳴いている。笑われているような気がした。
 大きく溜息を吐いた雅は、先ほど音が聞こえた方へ向かって歩き出した。迷ったときは無闇に動き回らない、という迷子の法則を律儀に守っても仕方がない。探しに来てくれる者などいないのだ。
 林を抜けると、山下を一望出来た。
「ここが23世紀である可能性が低いとは予想していましたが……」
 眼下に広がる光景に息を呑んだ。
 目に飛び込んできたのは、コンクリートで覆い尽くされた地面や、背の高い建物など全くない、広大な平野と、田園の中を縫うように横たわる大きな河だ。驚くことに、雅の足元の少し先からその河まで、人の手で作られたであろう二重の堀と土塁が延々と続いている。
 二重堀を挟んで右側の田園に広がるのは、黄金の稲穂ではなく、大鎧を纏った騎馬隊だ。目算で千騎にもなろうか。白い笠標をつけてずらりと並んでいる。
 向かい合うように、左側の田には数百の騎馬隊の姿があった。騎馬隊の後ろ、手前の丘と、奥にある森の前にも同程度の規模の騎馬隊が見える。
 先ほどの地響きは馬が駆ける音だったのか。
 風向きが変わる。
「目にも見候え! 某は武蔵国(むさしのくに)・畠山重能(はたやましげよし)が次男、重忠(しげただ)! 阿津賀志山(あつかしやま)の先陣ぞや!」
 右手の隊の若武者が大音声で名乗りを上げた。
「我こそは陸奥押領使(むつおうりょうし)藤原朝臣泰衡(ふじわらあそんやすひら)が郎従、金剛別当秀綱(こんごうべっとうひでつな)である!」
 負けじと左手の隊の長も声を張り上げる。
 鏑矢が放たれた。
 ブオォオ……ブオォオ……
 法螺貝が響き渡る。
 雄叫びを上げた両軍が前進を開始した。
 彼らの名乗りは、風に乗って雅にも届いていた。
「畠山重忠に、金剛秀綱……?」
 歴史に携わる審神者であった祖父の影響もあって、有名な逸話は知っていた。しかし、全ての戦の将までは覚えていない。彼らの格好、地名(武蔵国は現在の関東地域に該当する)などから時代を推し量ることはできても、詳細までは分からなかった。
 だが、金剛秀綱が先ほど、決定的な名を上げた。
「藤原泰衡……奥州、藤原氏?」
 奥州の藤原氏は、十二世紀・百年もの長きに渡り、平泉を中心に一大勢力を築き上げた、知名度の高い豪族の名だ。泰衡は四代目・最後の当主となる。武蔵の武者――鎌倉の御家人が、奥州と戦っている、ということは。
「なるほど、ここは奥州合戦の場ですか……」
 奥州合戦とは、鎌倉時代初期に行われた一連の戦いだ。
 鎌倉幕府を開いた源頼朝は、奥州藤原氏の存在を疎ましく思い、恐れてもいた。三代目・秀衡(ひでひら)が兄の頼朝に追われた義経をかくまったことで対立は決定的なものとなった。泰衡は父の死後、頼朝の圧力に負けて義経を襲撃し、自害に追い込んで許しを乞うたのだが、結局、鎌倉方に攻め滅ぼされてしまうのだ。
「平家を滅ぼした義経を奥州藤原氏が討ち、その藤原を鎌倉が滅ぼしてしまう……」
 伝え聞いた歴史を、まさかこの目で見ることになろうとは思わなかかった。そして、史実の通りなら源氏はたった三代で血筋が途絶えてしまうのだ。
「人の世は、儚いものですね……」
 聞いたことがある。古くは鎌倉――関東も、奥州――東北も、朝廷から東夷(とうい)、北狄(ほくてき)と呼ばれ、征服されるべき蛮族として蔑まれてきた。西戎(せいじゅう)と呼ばれた西国――平家もそうだ。
 かつては同じ蛮族と呼ばれた者同士で争いあっている。東夷は西戎を滅ぼし、今度は北狄を滅ぼそうとしている。
 人は他者の栄華を妬む。
 盛者必衰と口にし、妬み、盛者の栄華を我がものにと望む。
 人は、なんと愚かなのだろう。
「……それでも」
 鎌倉方の陣営・畠山軍の後ろから、邪気が立ち昇っているのが見て取れた。
「人の世は、人が決めるものです」
 遡行軍の狙いは、鎌倉方の敗北か――。
 おそらく薬研藤四郎たちはあそこにいる。
 守り刀を握り締めた雅は、刀剣男士たちの戦場に向けて、急ぎ山を駆け下りていった。
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